蒼白い人魂たちを羽衣のように纏い、左右に結い上げた栗色の髪ふわふわと揺らして甲板に降り立った少女の姿に思わず目を奪われ動きを止める彰尋に、
「今晩は、彰尋くん」
　七夜 あおいは晴れた空色の瞳で明るく笑った。
「今晩は、あおいさん」
　咄嗟に挨拶を返して、どうしてここに、の言葉を忘れる。蛍のように飛び回る人魂たちにお礼を言いながら迷いのない足取りで近づいてくるあおいの姿に、そんなことはどうでもよくなった。だってあおいがそこに居る。それだけで心はふわふわと弾む。
「やっぱり夢かな」
「そうかも？」
　周りでくすくす笑う人魂たちと一緒になってくすくす笑いながら首を傾げるあおいに、彰尋は調子を合わせた。さっき骸骨船員からふたつ受け取って両腕に抱えて運んでいた花火玉のひとつをどうぞと手渡す。
「これをこうやって、」
　舷側に立ち、炎を纏って宙を駆ける車輪のあやかし──輪入道が夜空に描く炎の線めがけ、花火の爆ぜていない空間めがけ、花火玉を投げ込む。
　弧を描いて星空に舞った西瓜ほどの大きさの花火玉は、紅い焔に触れた途端、轟音を立てて極彩色の炎の花を咲かせた。
「わ！　わあっ！」
　花火玉を胸にあおいが歓声を上げる。
「花火って上から見ても丸いんだね、彰尋くん」
　新しい発見をしたように飛び跳ね、跳ねた勢いのままに花火玉を空へと投げ込む。あおいに合わせて他の骸骨船員たちも花火玉を投げ込めば、空を駆ける輪入道が次々と火をつけた。
　重なり合って咲く花火の音と光に、ふたりは顔を見合わせて笑いあう。
「すごい」
「すごいね！」
　花火置き場になっている甲板の真ん中で骸骨船員から花火玉をいくつも受け取り、舷側まで運んではポイポイと空へ投げる。
「どっちが綺麗な花火になるか競争ね！」
「じゃあ、何色の花火かの予想も！」
　ふたりで幼いこどものようにはしゃぐままに口にした言葉がぶつかりあって、けれどそれはそれで楽しくてやっぱり笑う。
「じゃあ、せーので言うよ！　せーのっ、あお！」
「せーの、青！」
　タイミングを合わせた言葉も重なって、眼下に開いた花火の色も重なって、
「一緒だね」
「うん、一緒だ」
　星空に咲く光の花畑に浮かぶ船の上、夢のような景色の中、ふたりは花火に彩られて笑みを交わした。

「ここで花火を受け取る、──」
　人魂たちに連れられて乗船した途端に骸骨船員から教えられた手伝いの手順通り、甲板の真ん中に向かった紗月の夜色の瞳に映るのは、数十と積み上げられた大きな木箱の上に陣取る骸骨船員たち。木箱の中から取り出した人間の頭大の花火玉を他の船員や手伝いの人間にぽいぽいと投げ渡す忙し気な様子に圧倒され、声を掛けようとした唇を噛む。声を掛けなきゃ、と思うのに、どうして自分はこんなに憶病なのだろう。
　俯いた視界に、ひょいと理緒の闊達な笑顔が飛び込んできた。目を丸くする己に理緒は笑みを深くしつつ、気楽な調子でぱたぱたと背中を叩いてくれる。
「おにーさーん、こっちにもふたつー！」
　理緒が大きな声で花火を配る骸骨船員に呼びかければ、ハイヨと元気な返事があった。ぽーんと宙に弧を描いて投げ渡された花火玉を、理緒と紗月はそれぞれ両手でキャッチする。
「紗月、上手い上手い」
「ありがと、理緒ちゃん」
　楽し気に笑う理緒にそっと囁けば、
「お礼にキスして？」
　悪戯っぽい笑みと耳打ちが返って来た。
　もう、と困った顔をする紗月の耳に届くのは、ちょうど舷側のすぐそこで爆ぜた花火の身体ごと全部震わせるほどの爆発音。船上の人々の悲鳴とも歓声ともつかぬ声と共、視界が極彩色に染まる。
　煌めく花火に人々の目が釘付けになっていることを目の端に確かめ、紗月は理緒の頬に唇をそっと触れさせた。
「えー、唇はー？」
「あとで、ね」
　くすくすと笑いあいながら花火玉を抱えて舷側に寄る。鮮やかな焔の痕が残る星空に向け、理緒は思い切り、紗月は戸惑いがちに花火玉を投げ込んだ。
　輪入道が空を駆け、投げ込んだ花火玉を次々と爆発させる。音と光が星空に花を咲かせる。
「なかなかいいものだね」
　ちょっぴりふざけた様子で泰然と両腕を組み目を細めてみせる理緒に紗月は思わず声を上げて笑った。
　一度笑ってしまえば、もう怖いものなんかない。
　ふたりで甲板の真ん中へと駆け戻っては花火玉をいくつも貰い、舷側から落としてみたり投げてみたり。どこへ投げても花火に火をつける輪入道の妙技に拍手をしたり、眼下に絶え間なく咲く花火に手を取り合って見惚れてみたり。
「ストレス解消にもってこいだよね」
「ね」
　こくりと頷く理緒の横顔をちらりと見遣り、紗月はやっぱり、と小さく息を零す。
(グラドルと大学生の二重生活って大変だよね、理緒ちゃん)
　同じ二重生活を始めてみて、その忙しさに目を回した。高校生時代からこの生活を続けている理緒の強靭さに舌を巻いた。
(でも、理緒ちゃんと一緒なら)
　いつまでだってきっとがんばれる。
　理緒がいるところなら、たとえ霊界だろうとなんだろうと構わなかった。こうして一緒にいられるのであれば、ずっと、ここでこのまま──
　そう思うのに、理緒はいつも通りのパワフルな笑顔で言うのだ。
「寝子島に帰ったらまた一緒にがんばろうね、紗月！」

　甲板に積み上げられていた何百もの花火玉が尽きて、幽霊船花火大会は無事終了。おしまいーおしまいー、と謎の歌を歌いながら、たくさんの人魂たちが幽霊船の周りをふわふわと飛べば、駅前広場の観客からはお疲れさまの拍手と歓声が上がった。
「面白かった～」
　案外重たい花火玉を持って甲板と舷側を何往復もして、タルトは疲れた身体を甲板の端っこに横たえる。喉が渇いちゃったなと思いながら、漆塗の冷たい木床が気持ちよくてごろごろすれば、隣にエロがころんと転がった。

「お疲れさまの酒宴があるそうなのです」
「えっ、酒宴？」
「参加するのですー」
「いいね！」
　ふたりで勢いつけて起き上がれば、甲板には今しも人魂たちや翼持つあやかしたちが食べ物飲み物を運んで来てくれている真っ最中。
「霊界も星幽塔と一緒で未成年もお酒が飲めるのかな？」
「お酒お酒～」
「お巡りさんいなさそうだから、問題なさそうだけどね」
「お酒お酒～」
　一応心配して考察するタルトの脇を、黒髪をふわふわ揺らしてエロが何にも気にしない顔で過ぎて行く。そうして人魂たちが運んできたお供えお神酒の一升瓶とコップを抱えてその場に座りこめば、そこが酒宴の真ん中となった。
　人魂や狐火の熱持たぬ蒼白い光に頬を撫でられながら、エロはコップにお酒を注いではタルトに渡し、遠慮する紗月と面白がる理緒に渡し、固辞する彰尋とあおいにはおばけジュースを渡す。
「よーっし、ではでは！」
　骸骨船員たちにもお酒のカップが行き渡ったのを確かめ、タルトは高くカップを掲げた。
「一仕事の後のお酒はきっととっても美味しいよー！　かんぱーい！」
　次々に掲げられるお酒やジュースの水面に霊界の空に瞬く星がいくつもいくつも映り込んで、──あやかし大集合のパーティの夜は、まだまだこれから。