【プール開き】六月快晴初およぎ日和｜リアクション

【プール開き】六月快晴初およぎ日和

●ふたたびフツウの寝子高プール（１）

　ひょんなことから繋がったあやかしプールで、あんなことやこんなことが起きていたとは露知らず。
　フツウの寝子高のプールは長閑な昼下がりを迎えていた。
　ピピッと短い笛の音に続き、タイムアタックの５コースで恵御納夏朝の名が呼ばれる。
「呼ばれてた！」
　先生によるランダムかつ問答無用の呼び出しに、夏朝は麦わら帽子や浮き輪、手にはめた猫パペットのハルくんなどを恵御納夏夜に預けて駆けつける。
（お立ち台、この水着で立つのは２回目だけどちょっと緊張する……）
　お立ち台こと飛び込み台によじのぼり、ルール通りに名乗りをあげる。

「え、えみな・かーさ……です。今年も……にゃー！」

　両手を猫の手みたいに丸めて掲げ、可愛らしく猫のポーズ。
　グラビアアイドル顔負けのセクシーポーズを決めた人もいたりするが、これが夏朝の精一杯だ。
（去年はクロールで泳いだけど……今年はどうしよう。平泳ぎ……は、あんまり得意じゃなかった……）
　ということで。
　スタートの笛が鳴ると同時に、夏朝は足からプールにどぼん。
　どうするつもりか、と皆が見守る中泳ぎ始めた夏朝の泳法は、犬かきならぬ猫かきであった。
「はぷ、はぷ」
　顔は上げたまま浅く早く呼吸する。
（猫かき、猫かき、ねこねこねこねこ……）
　足はぱしゃぱしゃバタ足だ。
　プールサイドでは夏夜が夏朝の泳法に小さく詠嘆。
「なるほど、こういう風に泳ぐのか……！」
（夏夜ちゃん……クロールほど早くないかもだけど少しでも早く泳げるよう頑張るね……！）
　慌てず急がず、猫かき、猫かき。
　２５メートルを泳ぐのに１分近くかかったけれど、
「ふぅ、泳ぎ切った……！」
　これはこれで大満足である。

　続いて夏夜の名が呼ばれる。
　予測していなかったので、夏夜はすこし戸惑いつつ応じる。
（まさかお立ち台に立つことになろうとは……でも折角だから）
　どこかシャム猫っぽいクールさを漂わせ、夏朝と対になるような猫のポーズを取る。
「……夏夜です、よろしく。みゃー」
　拍手が上がる。意外と好評だ。
　プールから上がってきた夏朝にパレオや黒猫耳ヘアバンドなどを預けると、夏夜は飛び込み台のふちに親指を引っ掛けると腰から身体を折って合図に備えた。
　ピ、と笛の鳴るの同時に飛び込む。
　泳法はクロール。タイムアタックの趣旨に添い、出来るだけ早く泳ごうと試みる。
　半ばまで来たところで、夏朝の声が聞こえた。
「頑張れー！」
（ありがとう夏朝。さすがに水泳得意な普段練習してる人達程早くはならないけどタイムアタックなのだし、できる範囲で……ね！）
　意識するのはフォーム。
　それから足を攣らないように無理はしないこと。
「ぷは」
　２５メートルを泳ぎ切ってひと沈み。
　顔を出すと、タイマーを手にした生徒が笑顔でタイムを教えてくれた。
　水泳未経験者の女子高生の平均値くらいでは泳げたようだ。

◇

　タイムアタックを終え、すこし泳ぎ疲れた夏朝と夏夜はバカンスエリアで休憩することにした。
　白いデッキチェアに腰を掛けて、甘いマンゴージュースで一息つく。
「夏夜ちゃん、どう？　はじめてのプール開きは？」
「悪くない、ね」
「良かった。夏夜ちゃんや皆が楽しめてるなら、僕も嬉しい」
「夏朝はいつもそう言うね。『皆が楽しんでいれば』……夏朝は？」
　問い返されて、夏朝は眠たそうな目をちょっぴり驚いたように開いた。
「僕？　それはもちろん……」
　楽しい。そうに決まっている。けれどそのことは夏夜や皆が楽しんでいるかどうかということより後回しになっていたかもしれない。
「僕も、夏朝が楽しそうにしていたら嬉しいよ。そのために生きてるって思う事すらある。だから僕は夏朝にこそ楽しんでほしい。けど夏朝は僕に楽しんでほしいという……ねえ、どっちが先なんだろう」
「鶏と卵みたいな……？」
「或いはウロボロスの輪のような」
　互いの尾を噛んではじめも終わりもわからない姿の二匹の蛇を思い浮かべ、夏夜はなんだかばからしくなって考えることをやめた。
「お互いに自分から始めることなんだろうね……自分の感情も置き去りにしないように……自分が楽しいって思えることが、僕たちをお互いに幸せにするんだ。楽しもう、夏朝」
　見上げた入道雲は真っ白。高三の自分たちにとって、これが寝子高生として楽しめる最後のプール開きになるだろうということを噛みしめると、夏朝は空に誓うように言った。
「そうだね。寝子高生として多分最後のプール開きを目いっぱい楽しもう」

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