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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
- AAA000000
眠れない夜に〈夏〉
瞼が持ち上がる。
(……目が覚めた)
見慣れた自室の天井を暗がりの中に眺めつつ、三折部 朝衣はそれを自覚する。
起き上がってしまえばますます眠れなくなってしまうことが分かっているから、最後の抵抗じみてベッドに寝転がったまま枕元のスマートフォンを掴む。起動した途端に眩しく灯る画面の輝度を反射的に落として時間を確かめる。
(午前一時半……)
眠りに就いて二時間も経っていないことに小さなため息をひとつ。
明日は土曜で、務めている役所は休業日。徹夜をしたところで問題は無いと理解してはいるけれど、心身は疲弊している。できることなら朝まで目覚めずぐっすり眠りたかった。
スマホを枕元に投げ、枕に顔を埋める。仰向けになって腕を瞼に押し当てる。深い呼吸を繰り返し、どうにか眠ろうとしばらく頑張ってみて、
(疲れてる、のに……)
一向に眠れないことにもう一度息を吐く。疲労の理由は分かり切っている。
四月の人事異動で町長秘書になって、二ヶ月が過ぎようとしている。元々配属されていた総務課も相応に忙しかったが、年度末さえ乗り切れば何とかなっていた。少なくとも、去年の今頃は定時で帰ることができていた。それが今では、
(いや、愚痴は言うまい)
言えば言うほど虚しくなる。言ったところで現状も変わらない。
せめて楽しいことを考えようと眉間に皺を寄せて記憶を手繰る。最近いちばんに楽しかったことと言えば、この前の21歳の誕生日。
忙しさにかまけて誕生日当日はすっかり忘れてしまっていたけれど、恋人からの電話で思い出すことが出来た。ふたりで過ごした海での休日も、小さなケーキでお祝いしてもらったことも、その後キスをしたことも。何もかもが楽しくて嬉しい思い出だ。
(遥人)
恋人の名前を胸に呟けば、知らず頬が緩んだ。
(今ごろ遥人も眠ってるよね)
レストランでシェフを務める恋人は朝が早く夜は遅い。休日だって不定期だ。それでも忙しい仕事の合間を見つけては連絡をくれる。慣れぬ仕事につい愚痴を零しても穏やかに受け止めて優しく慰めてくれる。
(遥人)
どうしようもなく声を聞きたくなったけれど、電話をして起こしてしまうつもりは毛頭なかった。
眠れぬままに恋人への想いを持て余し、ついには完全に目が冴えてしまった。どうしようもなくなって起き上がる。こうなったら外へ出てみようかと自棄気味に思うに至る。
パジャマ代わりの赤いタンクトップにショートパンツ、加えてサンダルというラフな格好で部屋の外に出る。家の扉を開けたところで、然程空気は冷たくない。旧市街の街並みを過ぎる夜風は、梅雨の晴れ間の暖かさを帯びていた。
(んー……)
ちらりと思案し、自転車を引っ張り出す。人気のない深夜の街を流してみるというのも、
(うん、悪くない)
真夜中のサイクリングと決め込んで、自転車にまたがる。
参道商店街を抜け、ウォーミングアップがてら九夜山の坂道を目指す。重いペダルを趣味のサーフィンで鍛えた体幹も活かして力いっぱい漕いでいて、
「……ん？」
深夜二時のトンネルに至るカーブの手前で自転車を止める。いつもであれば人気もなく、思わず避けてしまうくらいに不気味なトンネルの前、見慣れない車が何台も停まっている。それどころか、トンネル入り口には何人ものひとがたむろして眩しいライトや光を反射させるレフ板を掲げたり、風よけのついたマイクを構えたり。
(何かの撮影……？)
自転車にまたがったまま首を捻っていると、朝衣に気付いたらしい撮影アシスタントスタッフが慌てた顔で駆けてきた。
「すみません、撮影中で……！」
下がってください、と懇願に近く言われ、朝衣は自転車から降りて来た坂道を少し下る。今しもちょうど撮影が始まるのか、大勢の撮影スタッフとカメラと大がかりな照明に囲まれ、スーツに数珠姿というちょっぴり胡散臭い恰好の男がゆっくりと歩いてきている。
後ろに付き従うのは、賑やかしらしい若手のお笑い芸人と司会者らしい芸能人か。
(ええと、確か)
役所の待合室で流されているテレビでカツラ疑惑で騒がれていた芸能人の顔を見るともなしに眺めつつ、朝衣は肝心の名前が思い出せずに首を捻る。
「そこのカーブミラーに、セーラー服姿の幽霊が映るらしいんです」
妙に蒼白い顔をしたアシスタントの男がぽつりと零した。
「よくある怪談話ね」
「夏が近いせいか、最近は心霊スポット巡りが流行っているらしくて……」
撮影もその流行りにあやかろうとしてのことなのだと男は唇を震わせる。まるでナニカが見えているかのような男の様子に眉を寄せ、朝衣は男の視線を追う。
辿り着いたのは、幽霊が見えるというカーブミラー。
撮影用のライトに煌々と照らし出された鏡面に、時代がかったセーラー服と黒ストッキング姿の少女を見た気がして、朝衣は小さく息を呑んだ。
(……目が覚めた)
見慣れた自室の天井を暗がりの中に眺めつつ、三折部 朝衣はそれを自覚する。
起き上がってしまえばますます眠れなくなってしまうことが分かっているから、最後の抵抗じみてベッドに寝転がったまま枕元のスマートフォンを掴む。起動した途端に眩しく灯る画面の輝度を反射的に落として時間を確かめる。
(午前一時半……)
眠りに就いて二時間も経っていないことに小さなため息をひとつ。
明日は土曜で、務めている役所は休業日。徹夜をしたところで問題は無いと理解してはいるけれど、心身は疲弊している。できることなら朝まで目覚めずぐっすり眠りたかった。
スマホを枕元に投げ、枕に顔を埋める。仰向けになって腕を瞼に押し当てる。深い呼吸を繰り返し、どうにか眠ろうとしばらく頑張ってみて、
(疲れてる、のに……)
一向に眠れないことにもう一度息を吐く。疲労の理由は分かり切っている。
四月の人事異動で町長秘書になって、二ヶ月が過ぎようとしている。元々配属されていた総務課も相応に忙しかったが、年度末さえ乗り切れば何とかなっていた。少なくとも、去年の今頃は定時で帰ることができていた。それが今では、
(いや、愚痴は言うまい)
言えば言うほど虚しくなる。言ったところで現状も変わらない。
せめて楽しいことを考えようと眉間に皺を寄せて記憶を手繰る。最近いちばんに楽しかったことと言えば、この前の21歳の誕生日。
忙しさにかまけて誕生日当日はすっかり忘れてしまっていたけれど、恋人からの電話で思い出すことが出来た。ふたりで過ごした海での休日も、小さなケーキでお祝いしてもらったことも、その後キスをしたことも。何もかもが楽しくて嬉しい思い出だ。
(遥人)
恋人の名前を胸に呟けば、知らず頬が緩んだ。
(今ごろ遥人も眠ってるよね)
レストランでシェフを務める恋人は朝が早く夜は遅い。休日だって不定期だ。それでも忙しい仕事の合間を見つけては連絡をくれる。慣れぬ仕事につい愚痴を零しても穏やかに受け止めて優しく慰めてくれる。
(遥人)
どうしようもなく声を聞きたくなったけれど、電話をして起こしてしまうつもりは毛頭なかった。
眠れぬままに恋人への想いを持て余し、ついには完全に目が冴えてしまった。どうしようもなくなって起き上がる。こうなったら外へ出てみようかと自棄気味に思うに至る。
パジャマ代わりの赤いタンクトップにショートパンツ、加えてサンダルというラフな格好で部屋の外に出る。家の扉を開けたところで、然程空気は冷たくない。旧市街の街並みを過ぎる夜風は、梅雨の晴れ間の暖かさを帯びていた。
(んー……)
ちらりと思案し、自転車を引っ張り出す。人気のない深夜の街を流してみるというのも、
(うん、悪くない)
真夜中のサイクリングと決め込んで、自転車にまたがる。
参道商店街を抜け、ウォーミングアップがてら九夜山の坂道を目指す。重いペダルを趣味のサーフィンで鍛えた体幹も活かして力いっぱい漕いでいて、
「……ん？」
深夜二時のトンネルに至るカーブの手前で自転車を止める。いつもであれば人気もなく、思わず避けてしまうくらいに不気味なトンネルの前、見慣れない車が何台も停まっている。それどころか、トンネル入り口には何人ものひとがたむろして眩しいライトや光を反射させるレフ板を掲げたり、風よけのついたマイクを構えたり。
(何かの撮影……？)
自転車にまたがったまま首を捻っていると、朝衣に気付いたらしい撮影アシスタントスタッフが慌てた顔で駆けてきた。
「すみません、撮影中で……！」
下がってください、と懇願に近く言われ、朝衣は自転車から降りて来た坂道を少し下る。今しもちょうど撮影が始まるのか、大勢の撮影スタッフとカメラと大がかりな照明に囲まれ、スーツに数珠姿というちょっぴり胡散臭い恰好の男がゆっくりと歩いてきている。
後ろに付き従うのは、賑やかしらしい若手のお笑い芸人と司会者らしい芸能人か。
(ええと、確か)
役所の待合室で流されているテレビでカツラ疑惑で騒がれていた芸能人の顔を見るともなしに眺めつつ、朝衣は肝心の名前が思い出せずに首を捻る。
「そこのカーブミラーに、セーラー服姿の幽霊が映るらしいんです」
妙に蒼白い顔をしたアシスタントの男がぽつりと零した。
「よくある怪談話ね」
「夏が近いせいか、最近は心霊スポット巡りが流行っているらしくて……」
撮影もその流行りにあやかろうとしてのことなのだと男は唇を震わせる。まるでナニカが見えているかのような男の様子に眉を寄せ、朝衣は男の視線を追う。
辿り着いたのは、幽霊が見えるというカーブミラー。
撮影用のライトに煌々と照らし出された鏡面に、時代がかったセーラー服と黒ストッキング姿の少女を見た気がして、朝衣は小さく息を呑んだ。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2021年09月09日
- 参加申し込みの期限
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- 2021年09月16日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2021年09月16日 11時00分
