寝子街闘者　晩夏の陣｜リアクション

寝子街闘者　晩夏の陣

急：そして、晩夏に散る

　――寝子街・某駐車場

「よく調べ上げたな、陽」
「まぁな」
　陽はスマホの向こうから白獅子の長にそう言われ、少しだけ目を細める。彼らの目の前には、数人の男たちが転がっている。陽が巻いた『毒餌』……偽の情報によってつられた『黒豹組』の構成員である。中には、そこそこ重要な立場の人間もいた。そう簡単に切り捨ててはいけない人間だ。
「おかげで……いいもんが釣れそうっすわ」
　陽がそう言った時、何人もの男たちが姿を現す。その先頭にいたのが道隆だった。陽は、『白獅子』に組み込まれる前の、正義感の強い警察官の表情となり、ぽつり、長に言う。
「じぃさん、後は頼みます」
　通話を切った瞬間。陽の表情が、悪意に染まる。視線の先の男たちが、殺気立つのがわかった。それでいい、と陽は笑う。
「す、すいません……親父、若頭……」
　舎弟の言葉に道隆は首を振ると、まっすぐに陽を見る。ぞろぞろと近づく『黒豹組』構成員たちが、『白獅子』の刑事たちとにらみ合う。
「よーお、鍵尻尾の『黒猫』さんよぉ！　地獄への道は善意で舗装されてんじゃネェよ。善意に見せ掛けた糞かゲロだよ、包装紙巻いても臭いで解っちまう！　……んだが、仔猫ちゃん達は解ってなかったみてぇダナァ！」
　ゲラゲラ下品に笑う陽に対し、下らない、という表情で道隆は眼鏡を正す。
「お前が白獅子のお偉いさんか？　結構なご挨拶じゃないか、お陰で俺のかわいい部下たちが痛い思いをしたみたいでな、慰謝料はもらえるだろうか？」
　静かに目を細め、道隆は陽とにらみ合う。
「はんっ！　最初にやってきたのはそっちだぜ？　『猪士組』の件、裏取れてんだよ。……にしても、節操なくねぇかぃ？　利益と力関係辿ると、猫チャンの方へ行くんだが？　まあ、その足取りも仔猫ちゃんの足元で止まっちまうんだけどナァ」
　陽がにやにやと語る内容に、道隆は僅かに頬を引きつらせる。何者かが、裏切った可能性を視野に入れ動いていたが、出し抜かれたという事だろうか？
「ユーモアが必要だとは、警察学校では教えていなかったみたいだな。それに、勘違いしているようだが、俺達は節操なく貪っている訳じゃない」
　自然と歩み寄る二人だが、ここは繁華街の駐車場である。互いに、堅気には手を出したくない気持ちがある。
「お互いカタギの奴は巻き込めないだろ、なら場所を変えようじゃないか」
「良いぜ。……裏通りの公園な」
　武道の提案を、陽は僅かに瞳を細めて飲みこんだ。

「ほう……」
　裏通りの公演が見えるビル。『黒豹組』の組長は楽し気に双方の戦いを見つめていた。『黒豹組』と『白獅子』の戦いは、両者暫しの睨み合いを経て派手に始まった。ぶつかり合う男達の姿を組長は楽し気に見守る。
「あら、見守るだけでいいの？」
「あぁ」
　組長は、その目を道隆に向け、楽しそうに煙草を吸う。アオイはスーツ姿で組長の膝の上に座らせられ、苦笑しつつも内心に冷たい刃物を潜ませてあたりを見ていた。表向きは組長の警護だが、裏に潜む感情を、この場にいる誰もが知る由もない。
　組長は、オペラグラスで何かを確認すると、満足気に頷いた。
「面白い物を見た。『白獅子』の若造と話してみたい。警護頼めるかな？」
「はい」
　アオイは静かに頷いた。
　組長は、彼女に立つように促すと意気揚々と椅子にかけていたジャケットに袖を通し、楽しそうに歩いていく。
　他の幹部が部下を付き添わせようとするが、アオイは笑顔で止める。
「ちょっと様子を見に行くだけだ。アオイ一人でかまわん」
　組長はそう言うとアオイを伴い部屋を後にした。