寝子街闘者　晩夏の陣｜リアクション

寝子街闘者　晩夏の陣

序：雨降る夜の……

　――寝子街：とあるビルの地下

　上品なピアノ演奏に交じり、ルーレットの回る音や喧騒、酒を注ぐ音が溢れる。奥の方ではスロットが派手な光を放ち、薄暗いテーブルではトランプが緑のベルベットを滑る。
　ここは、黒豹組が胴元を勤め管理する地下カジノ。悲喜交々の影で、『養分』を吸い尽くされ、塵の如く消される命がある。
　店の奥でくぐもった悲鳴が聞こえたが、多くの者は気付かない。
（ホント、懲りないわよね）
　と、僅かに聞こえたそれに冷めた眼差しを向ける女性は、ため息交じりに視線を逸らした。
　山崎　アオイは、ここで働くホールスタッフの一人である。歴はもう３年ほどになるだろうか？　最初は猥雑な空気に馴染めるか不安であったが、今では我が物顔で給仕できる兵になっていた。
　歩くたびにさらりと髪が揺れ、照明に黒いバニースーツが照らし出される。男たちの鼻の下が伸びるのをにこやかに笑ってやり過ごし、丁寧な給仕をしていく。
　ふと、一人のロマンスグレーがアオイの姿に口笛を吹くが、向かいの若者は小さく苦笑していた。
「おい、道隆。さっきから何黙ってやがる」
「いえ、ちょっと考え事を」
　よく見れば、二人ともグラス片手に笑いあっている。ロマンスグレーは黒豹組の組長。そして、向かいに座る知的な若者は、若頭でこのカジノ含め寝子街を任されている男、志村　道隆。アオイがよく知っている男たちだ。この二人は、たまに会うと、何かとよく話す。
（何を話しているのかしら。飽きないわね）
　でもまぁ、ロマンスグレーの男の機嫌がいいのは自分としても嬉しい。
　ふと見れば、二人ともグラスの中身が空になっていた。ボトルの方も空かもしれない。
（まぁ……。ちょっと何かとってこなくちゃ）
　と、飲み物のおかわりを聞きに進もうとしたその時である。ガシャン！　と派手な音を立てて幾つものテーブルが蹴倒され、暴れる者がいた。「イカサマだ」と叫びながら暴れまわっている。
　騒然となるカジノ。あわただしくスーツの男たちが入ってくる。悲鳴を上げ、複数のバニー姿の女性たちが走っていくのが見えた。
（もう、何なのよ）
　アオイは、内心呆れていた。恐怖ではなく。だが、他の一般的な従業員や客を逃がそうとドアを開け放つ。
「ふん、どこかの誰かに唆されたか……」
　道隆と呼ばれた若者が、ゆらりと立ち上がったかと思えば飛びかかってきた男を投げ飛ばした。すかさず組長の前に立つ姿は様になっている。暴れていた男は部下に取り押さえられ、事務所へと連れていかれる。
（みっともないわね）
　とアオイは思いつつ様子を伺っていたが、それが悪かった。足音に振り返ろうとした時、己より一回り大きい男に羽交い絞めにされていた。よく見ればその男はトランクス一丁で、ボロボロであった。おそらく、組の者に身ぐるみを剥がされ自暴自棄になったのだろう。
　先ほどの男が騒いだのを聞き、行動に及んだようだ。
「きゃあっ！」
「へへっ、組長さんよぉ。このアマの命惜しかったら……解ってますよねぇ？」
　男が下品な笑みを浮かべて言い放つ。だが、道隆も、組長も微動だにしなかった。それどころか不敵な笑みを浮かべているのだ。

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