寝子街闘者　晩夏の陣｜リアクション

寝子街闘者　晩夏の陣

　――『黒豹組』地下倉庫
　一部の構成員が、慌ただしく動き出していた。彼らは『熊爪組』が『猪士組』ではなく『黒豹組』とコトを構えるつもりだという情報を入手していた。
「それは間違いないんだろうな」
「入念に調べました。……裏付けも」
　組長の言葉に、白いスーツの男が静かに言う。組長はしばし目を瞑り考え込んでいたが、静かに頷いた。
「お前に任せる」
　だが、彼の勘は「フェイクに踊らされているのでは？」と考えさせる。ならば、切捨てたい相手を試しに行かせてもいいだろう。
（コイツは組の金に手を付けた可能性があるからな）
　組長の表情にも気づかず、白いスーツの男は深々と頭を下げた。

＊＊　＊　＊　＊

「ごめんな、＊＊＊。俺が極道の息子な所為で」
「俺は、足を洗う許可を親父から貰っている。５年、まってくれないか？」
「＊＊＊にはこの色が似合うよ。今度着てみてくれないか？」

「……逃げろ。今ならまだ助かる」

＊＊　＊　＊　＊

　雨音で我に帰ったアオイはカップを手にため息を吐く。
（そういえば、あの人が死んだのもこんな日だったかしら）
　腕の中で息を引き取った婚約者。靴を脱ぎ、裸足で飛び出した雨の夜。そして、彼女を受け止めた警察官。
（そうね……、あの日から色々と目まぐるしく変わっていったわね）
　平穏は壊れた。アオイは、影に滑り込み、影を渡り歩いた。初めて人を殺したのが何時かなどもう覚えていない。けれども、婚約者の事を忘れた事は一時もない。
　ありとあらゆる手を使って、今の地位を手に入れた。狙っていたモノはもう、手の届く場所にある。あとは、チャンスを待つばかりだ。
（霧哉さん……）
　憂鬱な気持ちになりながら椅子に座り、冷めかけたコーヒーを口にする。その時、事務所の電話が鳴った。下っ端がそれに出、表情を険しくする。
「どうした」
　いつの間にか、道隆がやってきて受話器を取る。と、普段からクールな顔つきが若干変わった。
「……わかった。組長には、俺が伝える」
　それだけ言うと、彼は受話器を置きすぐさまスマホに手を伸ばす。それよりも早くアオイのスマホにメールが入った。
（あら、うまく伝わったみたいね）
　アオイは僅かに微笑んだ。恐らくそろそろ血の雨が降るだろう、と彼女は１つ頷いた。

（いやしかし、怖いお嬢ちゃんだ）
　スマホを懐へとしまい、路地からでた情報屋は、ラーメン屋へと入っていく。
「いらっしゃいませぇ」
　のぞみが出迎え、カウンター席へと案内する。男は「チャーシュー麺に半チャーハン、ビールに餃子」と景気よくポンポンと注文する。
「今日は羽振りがいいのね」
　のぞみがさりげなく言えば、男はへへっ、と笑う。
「ちょいとなぁ」
　運ばれたビールを早速グラスに注ぎ、飲み干す。男はてきぱきとメールを入れると、にんまり笑った。
　彼は、アオイから依頼され、双方に情報を渡していたのである。陽が言う『毒餌』も、全てはアオイがこの男を通じて密かに協力した物。そして、道隆へ齎された情報も、アオイが絡んでいた。

（黒豹も、白獅子も、適当に潰し合ってなさい。私が、あの人の仇を取る為に）
　雨が降る。この雨が赤く染まるのも、もうすぐなのね、とアオイは瞳を細めて微笑んだ。そして数時間後……彼女は組長から護衛を勤めるように言い渡された。