寝子街闘者　晩夏の陣｜リアクション

寝子街闘者　晩夏の陣

「よう、やってるか？」
「あ、いらっしゃーい！」
　陽がふらりと立ち寄ったのは、近くにあるラーメン屋だった。暖簾を潜れば割烹着姿の香田　のぞみがお盆を手に出迎えた。
「陽さん、今日は何にする？」
「チャーシュー麺。麺カタメで」
　カウンターに座りながら注文をすれば、のぞみは笑顔で頷いた。
　厨房ではのぞみの両親がラーメンを用意している。その様子をぼんやり見ていると、のぞみが不安げに陽を覗き込んだ。
「難しい顔してるね。また所長に怒鳴られたの？」
「そんなんじゃねぇよ」
　苦笑する陽であったが、胸の中は空っ風が吹いている。そんな空虚さをここでラーメンを啜っている間だけは、気にしないでいられるような気がしていた。
　しばらく待つと、店主が手を伸ばし、チャーシュー麺をカウンターへ置く。そして、ことり、と音がして顔をを上げれば、餃子が３つ、皿に置かれていた。
「それのお題はいらないよ。いつも来てもらってるし」
　のぞみはにっこり笑って厨房へ戻っていく。その背をしばらく見つめていた陽だが、チャーシュー麺の匂いで我に帰り、食事を始めた。
　胃の腑に落ちるチャーシュー麺の暖かさが、酷く骨身に沁みる。
（この飯も、今日で最後かもな）
　『白獅子』に入ってからずっと、彼は食事のたびにそう思う。極道に扮し潰すアウトロー集団は、殉職率もそこそこ高い。大けがで済んでもトラウマなどから復帰しない者も多い。中には遺体が見つからない者もいる。それでも陽は、この道を選んだことを後悔していない。
「っと、美味かった。ごちそうさん」
「わぁ！　今日もいい食べっぷりね！」
　豪快に食べる陽に、のぞみが笑顔を見せる。
（この子の一家みたく堅気で生きる連中は、眩しいな）
　陽は、そこから眼を逸らすように顔を伏せ、さっさと支払いを済ませた。

　しばらく街を歩き、その途中電気屋のショウウィンドウに飾られたテレビで『猪士組』がらみの事件が放送されていた。コメンテイターは「その裏に『黒豹組』が絡んでいるという噂も」とわざとらしく言う。
（おもしろくねぇ）
　陽は、ふん、と鼻を鳴らして街を歩き続ける。
（あの時、たしかにあと一歩で『山猫組』組長を逮捕できた）
　だが、一足先に『黒豹組』が『山猫組』に攻め入り、全ては水泡に帰した。

　――奴らが争うなら今日です！　動きましょう！！
　――いや、まだ動かないよ。
　　　こっちには情報があるからね。

　そう言った当時の上司のニヤケ顔が、今でも忘れられない。
（あの狸野郎の所為で、全てオジャンだ）
　前の部署にいた頃、陽の進言を当時の課長は却下した。それがおかしいと『勘』で感じた彼は、調査の結果裏で課長と『黒豹組』の人間が繋がっていたのを知った。それを問いただそうとした日、相棒は……二度と現場に立てない体になってしまった。
　『黒豹組』を潰すという執念が、陽を変えた。変えてしまった。朗らかな笑顔が特徴だった彼は、何時しか『狂犬』と呼ばれるようになっていた。

　ラーメン屋からの帰りは、『見回り』の時間だ。『白獅子』は公にはなっていないが、一応警察である。ふら付いているフリをして、街を見回る仕事がある（と言っても警察とバレぬよう時間はまちまちだが）。