寝子街闘者　晩夏の陣｜リアクション

寝子街闘者　晩夏の陣

「おい、お前気付かねぇのか……？　そいつはただのウサギじゃねぇんだよ」
　道隆が、そっけなく言う。
「あっ？　もっぺん……」
　リーダー格が僅かに拘束を緩め、ドスを聞かせた声を上げた時、派手な音がした。遅れて、鈍い音を立てて男が倒れる。
「おめでたい人。か弱い女を盾にすれば組長が命を捧げるとおもったの？」
　態とヒールで物言わぬ躯と化した男を踏みつけ、アオイは言い放つ。片手には、デリンジャー……。胸元に隠していた物だ。拘束が緩んだすきに取り出し、発砲したようだ。
「おっかないうさぎさんだな」
「うさぎは意外と獰猛なのよ」
　アオイは組長の元に歩み寄り、頬に唇を寄せる。そのまま膝に座る彼女の髪を手でもてあそび、彼は部下たちに後始末を命じる。
「では、私はこれで。まだやる事がありますので」
　道隆は一礼して立ち去り、組長は手をひらひらさせて見送る。
「……油断するトコもかわいいな。ま、キミはそれぐらいじゃ死なないのを知っている」
　組長の言葉に、アオイはそっと瞳を細めた。
　彼女は組長の愛人であり、暗殺者であったのだ。

（組長も随分とあの人を気に入っているようだな）
　道隆は缶コーヒーを飲みながら深くため息を付いた。
　彼はちょっと前から他の組同士が抗争を始めるよう噂をバラまき、漸く猪士組と熊爪組が抗争を始めた。そこへスパイを放ち弱みを握ろうと準備をしていた所である。
　今日は経過報告を報告するべく組長の元にやってきた訳なのだが、表情は少々険しい。
　と、いうのも、先ほどやってきた情報屋から「白獅子がこの辺りで爪を研いでいる」と聞いた。この『爪を研ぐ』というのは「近々捜査が入る」という隠語である。
（白獅子……か。アウトローを謳っているがその根本は国家権力に飼い慣らされた只の犬……、いや、獅子なら猫かな）
　ふふっ、と笑いながらも用心深く周囲を見、また缶コーヒーを一口。情報屋は下品な笑みで道隆を見上げている。
「あぁ、こいつか」
　お金を手渡すと、情報屋は嬉しそうにペコペコ頭を下げて立ち去る。道隆はため息交じりにその場を立ち去った。
（少しずつシマを拡大させ、ここからが正念場という大事な時期に邪魔をされては堪らないからな）
　コーヒーを飲み干し、缶をゴミ箱へと放り投げた道隆はため息を１つ漏らし歩き出す。あたりを見渡しながら事務所へ戻ろうとした時。「旦那ァ！」と先ほどの情報屋が追いかけてくる音が聞こえた。
「なんだ。追加料金か？」
「そういうわけではございやせん。ちょいと小耳に挟みたいことがありまして、へぇ」
　と、彼は『とある事』を道隆に話し……道隆の眼が、僅かに見開かれる。
「本当か？」
「恐らく」
　先日奢ってくれたお礼だから金はいらない、と情報屋は何時になく真剣な眼で道隆に言う。
「十分お気をつけくだせぇ、旦那。油断していたらその首跳ね飛ばされちまいますよ」
　情報屋の忠告に、道隆は「あぁ……」と１つ頷いて、
「そう簡単に飛ばせる首じゃないさ」
　と、微笑んだ。

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