寝子島あやかし譚｜リアクション

寝子島あやかし譚

●幽霊の気ままライフ

　霊界の境界が曖昧になってきているようだが、乱蘭・フローレンスの生活に支障はない。
　あまり、あやかしが跳梁跋扈するのもアレだが、フローレンスの話のネタには事欠かないようだ。
　曖昧になったので、いい機会だと現世で何かしてみようかと思い立ち寝子島へ。
　今まで神絵師の同人を見ては昇天していたが、今回から同人誌描いてみようかと！　と張り切っている。
「時間はたっぷりあるのダ！　ゴーストだもの！　試験も何にもナァイ！」
　永遠の20歳を名乗っている褐色の美少女にしか見えないが幽霊だが、フローレンスには足がある。
　名前から推測すると日本人ではないようだが、何処の国の人間かは忘れてしまったのでわからない。
　日本に長く暮らしていたようだが、いつ死んだのか。死亡時は何歳で、死後、何年経ったのかも忘れた。
　日本語は普通に喋れるはずなのだが、わざとカタコトにしたり変な喋り方をしているのはオタク気質だから。
　気ままにネタ探しをしたり、ゲームをしたり、同人誌を読んで悶えている普段の生活は、生前もしていたのだろうか。

　同人誌を描こうということで、スケッチブックと鉛筆、参考書となる少女漫画を購入。
　元が人間なので、物に触れたり普通に歩けるようにするために、めっちゃ修行した。
　他には冷気くらいは出せるし、飲食は所望し欲はアリアリ。
　食欲はあるものの、失敗して体を通り抜けてしまうこともあるのでショックを受けることもしばしば。
「何事も基本から入れと言いますし、絵の描き方から学ぶでござる」
　そうと決めたら実行あるのみ！　と買ったばかりの少女漫画を広げてさっそく読み始める。
　見える生存者には幽霊が立ち読みしていることがわかるが、見えない生存者は少女漫画がひとりでに浮いている奇怪な現象に驚く。
「うら若き学生時代の落書きから脱却してみま……って、何言ってんのJDでござるよ拙者」
　日本語は普通に喋れるはずなのだが、わざとカタコトにしたり変な喋り方をするのはオタク気質ゆえ。
「ふぅん……ほう……」
　何が起きているんだ！？　という周囲の視線をものともせず、続きを読む。
「これは……おお……」
　なかなかでござるな、と見惚れる。
　少女漫画が浮いている奇妙な現象は、1時間ほど続いた。
「ハッ！　つい参考書を読み耽ってしまったでござる！　時間たっぷりあるんで問題ナッシング！」
　幽霊なので、どれだけ時間が経っていようと大丈夫。遅刻も無断欠勤もない。

　読むだけでは画力が身に着かないので、とりあえず描くことにした。
「描くことから始めねばだ！　ちょっとそこにねこがいますね。お時間よろしいでござるか？」
　いいよ、と言っているかのように猫は鳴いた。
「はい、よろしくおねがいします！　あ、拙者、乱蘭・フローレンスでござる。ピッチピチの幽霊ガール！」
　真っ白で描きやすい猫だとか、これならドシロートの拙者でも描けると思いつつ鉛筆を取り出しスケッチブックを持ち描き始めたが。
　猫の目が急にカッ！　と見開いたので、幽霊のフローレンスでもビックリ。
「おっと、あぶねえあやかしねこだった。ハウスハウス」
　退散退散、と、そそくさとその場を離れる。
　その時、自分の日記を書いたほうがネタになるのでは？　と閃いた。
「日記帳かっとこ。んでもって、さっそく今日の出来事を書くでござる！」

　フローレンスの幽霊ライフは、生前とほぼ変わっていない……ようだ。

このページにイラストを設定する