寝子島写生大会｜リアクション

寝子島写生大会

●凛々しく、そして力強く

　旅鴉月詠は『寝子島写生大会』に参加申し込みをした。
　絵のテーマとしてまたたび市動物園、九夜山頂上展望台、キャットロードが挙げられている。そのなかから、月詠はまたたび市動物園に向かった。しかし何かテーマが決まっているわけではない。ただ使ってみたい画材がある。それだけだ。

「描きたいから描く。それでいいのだ」

　月詠は我が道を行くスタンスを携え、またたび市動物園の入り口をくぐる。そして回り道をすることなく、猿山へ一直線に向かった。そこには猿山のテッペンを陣取る、一匹のサル――パンチの姿があった。彼はここのボスである。

「やあパンチ」

　月詠は彼に挨拶をする。パンチも呼応するように拳を掲げる。
　じつは以前、パンチをスケッチしたり、飼育員に『猿菩薩像』を渡したことがある。だから、ちょっとした知り合いといえなくもない。
　今回もスケッチをするつもりで来たのだが、その前にお土産に持ってきたスイカを取り出す。飼育員の手からパンチに渡ると、彼は他の猿たちへ取り分ける。

「描かせてもらっていいかね？」

　月詠の問いかけにパンチが頷いた気がした。さっそく彼女はラフスケッチから始める。

「山の上に堂々と立ち、部下を従えるボスらしいポーズでとてもよろしい」

　その雄々しさ、リーダー然とした姿を鉛筆で描いていく。
　そしてラフが出来上がると別の紙を用意する。スケッチブックの紙質とはだいぶ異なる。

「これは掛け軸に使う紙だ。ちょうどよく、はまるはずだ」

　使う画材は筆ペンで、色は黒と朱色を使用する。これを水墨画の如く丁寧に描いていく。水墨画は文字通り、墨と筆のみで描く。しかし墨の濃淡でグラデーションが生まれ、塗らない部分は白色として描かれる。さらにぼかし、かすれ、にじみといった要素もあり、筆を運ぶ勢いの差で強弱も出る。

　筆ペンでもこれらを表現することはできる。月詠は集中して、ラフスケッチを基に筆を走らせる。ボスも部下も凛々しく見えるように、２つのペンを駆使する。
　そうして１つの作品が出来上がった。黒、朱色、余白。それらが融合してできた、ボスと部下たちの姿。完成したそれをパンチに見えるように掲げる。パンチが腕を大きく振ると、部下たちも同じように腕を掲げた。

「描かせていただき感謝するよ」