寝子島写生大会｜リアクション

寝子島写生大会

●挑むべき目標

　風間舞子は『寝子島写生大会』に参加表明し、テーマの１つであるまたたび市動物園にやってきた。

「写生大会なんて小学生以来だ。あの時は桜を描いたな……」

　目を細めて当時のことを思う。
　そのときのお題は『桜』『消防車』『動物園』だった。あの頃は桜を描くのは難しくて、四苦八苦しながら点々をいっぱい使って、桜とは呼べない桜を描いた。そして生まれたのはピンクの色合いが濃く、線の整わない桜たち。
　ただ負けるもんかという気持ちだった。先生に褒められはしたが、もやもやしていた。苦労した記憶とあの桜はまだ目に焼き付いている。
　舞子は回想から現在に意識を向けると、気持ちを切り替える。

「桜が咲いていたら、あの頃からどれだけ成長したか比べるのも一興だったが！　この機会に私が好きな、あの虎を描こう。写生大会と普段描くのは別物だからね」

　さっそくお目当ての虎がいる猛獣エリアへ向かう。今回は水彩色鉛筆で実験をするように描く予定だ。
　水彩色鉛筆は水に溶けやすい素材を芯に使っているので、油性色鉛筆とは異なり、描いたところに水を加えると水彩のような雰囲気を表現できる。

（……無意識だったけど、なぜ経験がない画材を使って本番にぶつけるんだろう）

　もしかしたら新しいことに対する挑戦心なのかもしれない。そんなことを思いつつ、舞子は虎を前にして下書きを始める。しかしなかなか形が定まらない。目の前にいる虎が画用紙に現れない。真剣な眼差しで虎を観察し、そして画用紙に書き込む。何枚描いたか分からないが、ようやく下書きを終える。
　そこに水彩色鉛筆で下地を作る。ベースは水に溶かして混色に。

（紙を濡らして芯で描くと濃くなるから、輪郭をなぞって……できた！）

　描く道具を置いて、絵を眺める。グラデーションで毛並みが際立って存在感を演出している。

（うん。緑の中でくつろいでいる虎の完成だ）
　
　絵の完成を喜びつつ、今日持ってきた画材をふと眺める。

（……ああ、私にとって写生大会は挑むべき目標だったのか。次に行くための）

　自分のなかで納得すると、満足げに片づけを始める。
　さて受付に絵を持っていこうかと思ったとき、泣いている子供に気づいた。

「水たまりに落としたのか！？」

　その子の様子と視線で状況をすぐに理解した。おそらく舞子と同じく写生大会に参加しているのだろう。すぐに水たまりから画用紙を拾い上げる。半分ほど濡れているが、幸い絵の形は崩れていない。

「大丈夫、お姉ちゃんがなんとかするから」

　そういって子供の頭を撫でる。しかし水たまりに落ちたショックは大きく、泣きやみそうにない。

（まだ色を塗っている途中……この滲んだ部分さえ色が戻れば……！）

　舞子はろっこん『私のカラーバリエーション』で狙った色に染める。元の絵を崩さず、その子が塗りたかったであろう色に。

「ほら、大丈夫だ」

　子供はようやく自分の絵を見た。すると画用紙には自分の描いた絵が戻っている。舞子にありがとうと言うと、その子は絵を抱えてどこかへ走っていった。
　舞子は安堵の微笑みを浮かべて動物園を後にした。

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