寝子島写生大会｜リアクション

寝子島写生大会

●久しぶりの画材たち

　ある休日。
　三折部朝衣は朝から忙しかった。今日は『寝子島写生大会』が行われており、その関係者の１人として動いている。このイベントの主催は中沢リッカルド町長および寝子島町役場。町役場勤務の公務員である彼女が行事の進行に関わるのは必然と言える。そのうえ主たる業務を任させているので、スケジュールの確認が欠かせない。
　これというのも彼女が各種イベントでの実績を評価されてのことだが、それはそれとして疲れる。幸いこれといった問題もなく、会場の準備や参加者の受付などが滞りなく進む。

「ふぅ……」

　朝衣は椅子に深く腰掛けた。
　スタッフのいる現場は訪れる人もまばらになり、ようやく一息つけそうだ。

「朝衣君、お疲れ様」
「あ、町長。お疲れ様です」

　リッカルドは朝衣に声を掛けると、労いの言葉とともに、こう続けた。

「朝衣君、今日の仕事はここで切り上げてください」
「はい？」

　確かに忙しさのピークは過ぎたと思う。
　しかも気分転換に絵でも描いたらどうかと提案してきた。仕事を放棄してそんなことはできない、と彼女は思ったがあれよあれよという間に写生大会に参加することになった。

（……仕方がない）

　諦めた朝衣はキャットロードの画材屋で鉛筆と画用紙、そしてアルコールマーカーを購入した。アルコールマーカーはその名の通り、アルコールに染料を溶かしている。色の種類も多く、重ね塗りや混色、グラデーションも可能な画材だ。

「こういうのに触れるのは久しぶりね」

　今は公務員として働いている彼女だが、かつて寝子島高校の芸術科に通っていた。そこで当時はデザインを専攻していた。そんな彼女が高校を出て公務員になったのには色々と理由があるが、それはまた別の話。
　朝衣は人の邪魔にならないところを選んで、腰を下ろす。目の前では人の往来が絶えず、どこも賑わっている。

「古着屋に喫茶店に本屋……」

　公務員になってから、学生時代とは生活のサイクルが変わり、訪れる場所も多少なり変化した。それらをおおまかに描きながら、当時のことを思い出す。
　学校内のイベントや友達と勉強したり遊んだりした時間。ここに並ぶ店の一つ一つに思い出がある。描くたびに思い出し、その内容を懐かしむ。その工程を何度も経て、画用紙にはキャットロードの風景が鮮やかに映っている。また建物だけではなく、人々の歩く様子や立ち話をする様子も描かれており、賑やかな雰囲気も感じられる。

「全体的に楽しげになったかな」

　朝衣はそう思いつつ、画用紙を持って町役場へと向かった。

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