寝子島写生大会｜リアクション

寝子島写生大会

●絵に表れるもの

　佐藤英二は『寝子島写生大会』のテーマの１つである、九夜山頂上展望台にやってきた。緑の映える木々や地面を彩る花々。それらが英二の眼前に広がっている。

（ここで描くなら、自然に溢れた場所を描くのがいいかな）

　そう思い、三夜湖周辺をぐるりと回る。
　どこを描くかなかなか決まらず、しばらくうろうろしていた。そしてようやく描く場所を決めると、適当なところに腰掛けて、スケッチブックを広げる。

「のどかで爽やかな風景画を完成させたいかな」

　他にも同じイベントに参加していると思われる人たちがちらほら見えた。しかし、英二の位置からは離れていたし、特に騒がしいこともない。大きく息を吸い込むと、自然の空気が体に入ってくるような気がした。

「出来映え云々よりも自然体な感じで見た風景を絵にして行く……って言うと大げさだけど、要はのんびりと見たまま心のままに風景を描いて写生を楽しみたいよね」

　英二はそんな気持ちを抱きながら鉛筆を手に取ると、さっそく描き始めた。
　湖は穏やかな雰囲気で、時折木々を抜けた風が吹く。そのとき感じる植物の香りは自然のなかに身を置いている実感を与えてくれる。

　少しずつ埋まっていくスケッチブック。そこには三夜湖と、その周囲に並ぶ新緑。まるで今の季節を表すようだ。描き続けるうちに、英二はふとあることを思い出す。

「そういえば野々さんがいろんな人に写生大会の参加を呼びかけてたみたい……かくいう僕も誘われて参加した口だけど」

　野々ののこは街中を写生しながら参加者を募ったり声を掛けているようだった。英二もその１人だが、今ののこがどこにいるかは分からない。

「野々さん自身も絵を描くのかな？」

　もしかしたらこの辺りに来ているかもしれない。そう思って周囲を見てみる。しかし残念ながら展望台付近には来ていないようだ。

「別のところで描いてるのかな……もしかしたらまだ色んな人に声を掛けてるのかも」

　英二は自分の絵に視線を落とす。この絵を提出するときに、ののこに会ってみたいと思った。

（なんとなく、野々さんの天真爛漫な性格が絵に表れていそう。ほのぼの微笑ましい気分になれる絵な気がするよ）

　そんな期待を胸に、自分の絵を描き上げると九夜山を後にした。

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