【修学旅行】アッツイ、タイに行きたいッ！｜リアクション

【修学旅行】アッツイ、タイに行きたいッ！

●三日目：アユタヤ・その１

　修学旅行のど真ん中の日は、バスに乗ってバンコクから北へ約80km、世界遺産アユタヤを巡る。アユタヤはチャオプラヤ川とその支流に囲まれた東西約4km、南北約3kmの島だ。四方を囲む川が天然の外掘の役割を果たし、ヨーロッパ諸国とも外交関係を結ぶ国際都市として1351年から約400年に渡ってアユタヤ王国が繁栄した。しかし度重なるビルマとの戦いによってアユタヤは1767年に陥落。今となっては外壁が剥がれ半ば崩れた遺跡や、首を落とされたり壁から削られたりといった仏像の数々がかつての栄華を伝えるのみである。

　青山絢は、滅んだ王国の面影と自らの過去を重ね合わせて、物思いに耽っていた。
　絢の父は名のある写真家として活動していた。
　そして絢自身も、その父から写真を教わった才能ある写真家の……卵だった。
（あんなことさえなければ、今もきっと……）
　母の死の直後にアシスタントの女性の妊娠が発覚するという、中学１年生の少女には辛すぎる父の不実。
　そんな父と同じ写真の道を歩むのは、絢にとって茨の上を歩くような痛みを伴うことであった。ゆえに今は演劇を自己表現の手段としているが、写真の才能が消えたわけではない。……未練も。きっと、少しはある。撮ること自体が嫌いなわけではなかったから。
「おーい、青山さん！」
　呼ぶ声に気付いて我に返る。
　手を振っているのは級友たちだ。
　彼女たちはデジカメをこちらに差し出している。
「おねがーい！　私たちを撮って」
「……いいよ」
　頼まれたら断れない。
　もっと寄って、少し顎を引いてなどと、ふたつみっつ指示をして、シャッターを押す。
「ありがとう！　青山さんに撮ってもらうといい写真になるからさ」
　カメラを返すと、茶目っ気たっぷり片目を瞑ってみせる級友。
　そう言われて悪い気はしない。
　だから頼まれたら何度でも撮ってあげる。
　もっとも、自分も昨日シワーライを着たときは撮影してもらっている。
（同居中の従姉に送ったら、１時間後には「尊みが深い！」とか「絢ちゃんしか勝たん！」とか残念無念なことを書き連ねたメールが届いたのよね……）
　思い出して、ちょっと気持ちが上向いた。
「……暑いなあ」
　カメラを向ける。かなり暑いので少しバテ気味だが、日に焼けた朱い煉瓦の遺跡は美しい。
　諸行無常、兵どもが夢の跡。
　いつか自分の過去をそんな境地で思い返すことができる日が来るだろうか。
（……そういえば）
　裏切りよりもっと前の父との記憶がよみがえる。小学校の時に父の仕事でメキシコのチチェン・イッツァ遺跡への撮影に同行したときの記憶だ。
（あの頃もこうして、幼いなりにシャッターを切っていたっけ……）
　やっぱり写真は嫌いじゃない。父がどうあろうとも……。
　絢の視線は、木陰でなにやら準備中の一団に向けられていた。スタイルの良い日本人女性がふたり、カメラマンや照明のスタッフさんに囲まれている。何かの撮影だろうか。

◇

「あれ？」
　初瀬川理緒は、偶然にも異国で見知った顔を見つけて驚いた。
「あれ、ののこじゃない？」
　見てよ、とまだ緊張が解け切らない恋人の佐和崎紗月に顔を寄せる。
「どうしたの理緒ちゃん？」
「寝子高生だよ。まさかこんなところで会うなんてね。修学旅行かな」
　理緒も紗月もこの春まで寝子高の３年生だったのだ。
　懐かしい母校の後輩たちに思わず頬が緩む。
「去年まで国内だったのに、随分景気がいいんだね」
　そのとき、休憩終わりでーす、とスタッフさんの呼び声がして理緒と紗月は視線をそちらに戻した。仕事だ。