【修学旅行】アッツイ、タイに行きたいッ！｜リアクション

【修学旅行】アッツイ、タイに行きたいッ！

●四日目：自由行動日・その２

　川とその支流や運河が張り巡らされたタイでは、昔から水上マーケットが盛んであった。タイにはいくつか有名な水上マーケットがあるが、逆巻天野と真辺伸幸が訪れたのは、舟の上からお買い物体験ができる歴史のある市場、ダムヌンサドゥアック水上マーケットであった。
　その光景といったら一言で言って圧巻。新鮮なフルーツや花、カラフルな傘などを山と積んだ小船が所狭しと行き交い、商品を勧める威勢のいい声が飛び交う様は、まるで異世界だ。

「水の上でお買い物なんて凄いのよー」

　伸幸はあんぐりと口を開けている。
　買い物はタイ語か英語でするようだ。
「英語なら僕も出来るから、交渉は任せて」
　天野が言うと、伸幸はほっとしたように頷いた。
「うん、お願いー。俺だとどうしても定価で買っちゃうから」
　なんだか伸幸の声が遠のいていく気がする。
　のんびり屋の友人のことが不意に心配になって、天野は忠告しながら振り向いた。

「人が多いから迷子にならないように……って、真辺？！」

　いないし！
　どこに行ったんだろうとあたりを見回すと、人ごみの向こうから手がひらひらと突き出ていた。
「あまくんー俺ここに居るのよー」
　天野は人をかき分けてそちらへ行くと、伸幸の手をしっかりと掴んだ。
「よかった、はぐれないようにしないとね」

　さて、ここに来た目的はお土産だ。
　笹船みたいな形をした小舟をチャーターし、小船の屋台をひとつひとつ覗き込んで吟味してゆく。
「猫鳴館はどうしよう。不気味なオブジェを増やすより食べ物のがいいだろうか？」
「寮のみんなは食べ物の方が良いかもねぇ。不気味なオブジェはー……んー……玄関に置いたら魔除けになる気がするのよー」
「食べ物か。なら僕は果物を見てみようかな。日持ちするものがあるといいのだけど」
「それじゃあ、俺の方では寮のみんなへのお土産はお菓子にするのよー」
　結局天野はドライフルーツの詰め合わせを、「家族と、友人と、寮のみんなと」と指折り数え、それぞれの顔を思い浮かべながらお店を巡っていた伸幸は、ちょっと怪しい雰囲気の「ドリアン饅頭」を買った。
　満足するだけ買い物し、そろそろ帰ろうかと思っていた時だ。
　天野はある店の前で目を瞠った。
「おちこぼれ姫の小説シリーズの海外限定版……だと……」
　『おちこぼれ姫の水上マーケット紀行』。
　一見旅行記のようなタイトルで、一応旅行記ということになっているが、おちこぼれ姫のお色気がウリの日本ではマニアックな人気を誇るシリーズである。これは先輩への手土産にせねばなるまい。お買い上げは使命感である。
　伸幸はタイパンツも買った。エキゾチックだし、涼しいし、タイではやっぱりタイパンツ最高だ。

「あー。水上マーケット、楽しかったのよ～」
　満喫してホテルへと戻る途中、図書館の前を通りかかった。
　すると伸幸はふらふらと図書館に吸い込まそうになってしまう。
「真辺、ストップ。タイ語読めないだろ」
「そうだった。それにあそこには時間どろぼうが居るからねぇ」
　伸幸はそう言って大欠伸。伸幸に対して寝るか本を読むかが人生の大半という自由な友人という認識はあったが、タイでもやっぱり自由人だなあと、天野は感心するのであった。