【修学旅行】アッツイ、タイに行きたいッ！｜リアクション

【修学旅行】アッツイ、タイに行きたいッ！

●四日目：自由行動日・その１

　アユタヤで世界遺産を堪能した翌日、実質的にタイ滞在の最終日となる四日目は自由行動日となっていた。
　ちょうど週末であったので、八神修は七夜あおいを誘って早朝のチャトゥチャック広場を訪れていた。バンコク最大のウィークエンドマーケットが開かれていることをガイドブックで知ったからだ。
「流石買物天国。規模が凄いね」
「洋服も、雑貨も、食料品も……動物まで売られてるんだね」
「約8000軒の店があるそうだよ。朝早く誘ってごめんね、ここは混雑前がお勧めだったものだから」
「気にしないで。遅く来て混んでたら見て回るの大変だったと思うから」
　どの店も間口は１メートルほどで狭く、商品が所狭しと並べられている。
　ふたりは偶然目に留まった、料理キットや調味料の店を覗いてみた。
　日本では専門店でしか手に入らなそうなスパイスやハーブ、袋入りの調理セットなどが売られている。
「これを買っていけば、日本で作れるね」
　と微笑みながらグリーンカレーの箱を手に取って、箱裏の説明読もうとした修だったが、くねくねとした丸っこいタイ語しか書かれていなくて愕然とした。
「英語併記なら確実に読めたんだが……くっころ的敗北感だ」
「あはは、修君でもそんなことがあるんだね」
　コロコロ笑うあおいが可愛くて、まあいいか、という気になる。タイ語は分からなくても数字は読めるから雰囲気で作れるかもしれない。こういうのも旅の醍醐味と件の箱を買い求める。
　その店を出てさらに歩く。犯罪もときにはあると聞いていたので、あおいが安心して買物できるよう密かに警戒を維持しつつマーケットを楽しんでゆく。
「わあ、小物やアクセの店！　見てみたい！」
「いいよ」
　小物は民族柄や象柄が楽しい。アクセサリーも若干チープだが安くてかわいい。
　店員も日本人に慣れてるらしく「コイビトさん？」と日本語で冷やかすので顔見合わせて笑ってしまった。
「上手いなあ。これは買わざるを得ない」
　苦笑する。せっかくならあおいに何かプレゼントしたい。
「あっ、かわいい！」
　あおいの声が弾んだ。手にしていたのは花を模したカラフルなアロマキャンドルのセットだった。
「それ、俺がプレゼントするよ。旅の記念に」
「ありがとう。沢山入っているからふたりで分けようね」

◇

　御巫時子は五十嵐尚輝先生に同行をお願いし、バンコク市街地を出て車で東に一時間半のところにある、ワット･サマーン･ラッタナーラームを訪ねていた。バーンバコン川の中州にあるこの寺院は、巨大なピンクガネーシャ像が有名である。
「写真を撮っても入りきらないです……」
　時子は寝そべるピンクの象・ガネーシャ神の、鮮やかな色と大きさに圧倒されていた。
「すごいですね……」
「たしかに。この派手さは日本ではなかなか見られないですね」
　尚輝も口をぽかんとさせてガネーシャを見上げている。
「ガネーシャの周りには14匹のネズミがいて、誕生日と同じ色のネズミの像にお願い事をするといいんですって。ネズミの片耳に直接願い事を囁くと、ネズミたちがガネーシャに願い事を伝えてくれるそうですよ」
　ガイドブックによると、願い事を囁いている間は、もう片方の耳を手でしっかり塞ぎ、願い事が外に漏れないようにするのがポイントなのだという。
　時子は自分の誕生日の色のネズミを見つけて、先生に聞こえないように像の反対側の耳を塞ぐと、囁き声でお願い事をした。

　――「尚輝先生に想いが届きますように」

　願い事を終えると、尚樹はガネーシャを眺めながら待っていた。
「尚輝先生はお願い事はしましたか？」
「ええ。でも何を願ったかは内緒です」
「ふふ、私も……内緒です」
　こうして修学旅行の最中にふたりで特別な場所に来れたことが嬉しい、と時子は思った。
　この寺院は、祈願成就までのスピードが速いご利益寺としてタイの人達に人気なのだそうが……いつか時子の願いも叶うだろうか。