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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
- AAA000000
母の日は、甘え日
「そういえば、もうすぐ母の日ですね。珪先生」
カウンター裏、小さな卓上カレンダーの赤文字を何気なくなぞると、早川 珪はいつものように口角を緩めた。
放課後の図書室。先生とお隣で二人きり……ではないがまあ、利用者は二、三名かそこらで静かなものである。
図書委員として務めながら、綾辻 綾花の胸は高鳴りっぱなし。どきどきしすぎて痛いくらいだが、同じくらいの安堵も満ちている。
「珪先生はお母さんに、何か考えてますか？」
「うーん、そうだなあ」
そろそろ下校時刻。カウンターの片づけを始めながら尋ねると、珪は腕組みして小首を傾げた。
「母とはしばらく会っていなくて」
「あ、そうなんですか……？」
「ああいや、仲が悪いとかじゃないよ。実家が少し遠くてね」
実家って、どこなんですか？ と尋ねようとしたところで生徒が本の返却へやってきたので、てきぱきと対応する。慣れたやりとり、要領よく作業を済ませるが、隣で珪先生がそれを眺めていると思うとほんのり、緊張したりもする。
「綾辻さんは？ お母さんに何かしてあげるのかい？」
「私は、花を贈ろうと思っています」
「ああ、いいね。お母さんも喜んでくれるだろうね。そうか、花なら遠方にも贈れるなあ」
「はいっ、先生もいかがですか？」
凛として、今もすらりとして実に見目のいい珪先生。先生も久方ぶりに母親と会えば、甘えたりするのだろうか？ いやちょっとイメージじゃないかな、逆に甘えさせてあげるのかも。優しい先生はきっと、すごく親孝行なんだろうな。
などと思った瞬間だった。衝動が衝撃となって、綾花を貫いたのは。
「オススメの花屋さんなんてあるかな？ こういうのは疎くて。教えてもらえたら……綾辻さん？」
大げさな表現ではあったが要するに、いつものアレだ。神魂のヤツだ。綾花も慣れている。冷静に抗おうと試み、そうできないと悟ると早々に諦めて身を委ねることにした。
「先生……」
「あれ、綾辻さん、ええ？」
衝動迸るまま、綾花は隣の珪先生へ抱き着いた。それはもう力強くしがみついた。そうせざるを得なかった。
「ごめんなさい、珪先生。ごめんなさい、急に……何だか私、おかしくて。どうしようもなくて。しばらく……少しだけ、こうしていていいですか？」
「ああ……でも」
いつの間にやら、図書室の利用者は失せていた。下校時刻はとうに過ぎている。
名実ともに、二人きりだ。
「先生。先生」
「うん。どうしたの？ 苦しいのかい」
「いいえ。ご本を読んでくれませんか？ 何でもいいんです。あ、でも、にゃんこが出てくる本がいいかも。うん、ぜひそれで」
「本を？ この状態で、かい。ええと……」
いささかに慌てる珪先生は、いつもの凛々しさと比しても可愛らしかった。彼の顔がとても近い。思いのほか広い胸板に丸ごと包み込まれているような感触。かつてない密着度に、綾花は満たされてゆく。
彼の赤く染まった頬に、迷惑をかけてしまって悪いかな、とも思う。今ここへ誰かが踏み込んできたなら、彼は苦境に立たされるかもしれない。けれど抗うことはできない、何しろ神魂の影響ときたらいつものごとく、容赦がないのだ。
しかしながら、こう考えなかったとも言い難い。綾花は半ば意識して、それを思考の片隅へ追いやってしまったが。
つまり、この現象を言い訳にすれば、思うさま彼へ甘えることができるのでは？ と。
それから珪先生は、しばし本を読み聞かせてくれ、子どものようにぐずる綾花を優しくあやして、満足するまで頭を撫でてくれた。
すっかり安心に浸った綾花が眠りに落ち、今この時にうっすらと覚醒するまで、彼はそうして頭を撫で、落ち着かせ、甲斐甲斐しくも支えてくれていたらしい。
「僕は……教師だ」
思えば。
思えば彼と不思議な現象を共にしたのも、幾度のことだろうか。もはや数え切れない。よもや彼も、その全てが夢の中の出来事だとは信じていまい。
「これを言い訳にしてしまっても、いいのかな。それとも、僕は……」
薄目を開けて、こっそり。見つめた彼の瞳には、苦悩や葛藤も確かにあった。けれどそれ以上に、その輝きには、あたたかな色を感じて止まない。
確かに綾花は、感じたのだ。
カウンター裏、小さな卓上カレンダーの赤文字を何気なくなぞると、早川 珪はいつものように口角を緩めた。
放課後の図書室。先生とお隣で二人きり……ではないがまあ、利用者は二、三名かそこらで静かなものである。
図書委員として務めながら、綾辻 綾花の胸は高鳴りっぱなし。どきどきしすぎて痛いくらいだが、同じくらいの安堵も満ちている。
「珪先生はお母さんに、何か考えてますか？」
「うーん、そうだなあ」
そろそろ下校時刻。カウンターの片づけを始めながら尋ねると、珪は腕組みして小首を傾げた。
「母とはしばらく会っていなくて」
「あ、そうなんですか……？」
「ああいや、仲が悪いとかじゃないよ。実家が少し遠くてね」
実家って、どこなんですか？ と尋ねようとしたところで生徒が本の返却へやってきたので、てきぱきと対応する。慣れたやりとり、要領よく作業を済ませるが、隣で珪先生がそれを眺めていると思うとほんのり、緊張したりもする。
「綾辻さんは？ お母さんに何かしてあげるのかい？」
「私は、花を贈ろうと思っています」
「ああ、いいね。お母さんも喜んでくれるだろうね。そうか、花なら遠方にも贈れるなあ」
「はいっ、先生もいかがですか？」
凛として、今もすらりとして実に見目のいい珪先生。先生も久方ぶりに母親と会えば、甘えたりするのだろうか？ いやちょっとイメージじゃないかな、逆に甘えさせてあげるのかも。優しい先生はきっと、すごく親孝行なんだろうな。
などと思った瞬間だった。衝動が衝撃となって、綾花を貫いたのは。
「オススメの花屋さんなんてあるかな？ こういうのは疎くて。教えてもらえたら……綾辻さん？」
大げさな表現ではあったが要するに、いつものアレだ。神魂のヤツだ。綾花も慣れている。冷静に抗おうと試み、そうできないと悟ると早々に諦めて身を委ねることにした。
「先生……」
「あれ、綾辻さん、ええ？」
衝動迸るまま、綾花は隣の珪先生へ抱き着いた。それはもう力強くしがみついた。そうせざるを得なかった。
「ごめんなさい、珪先生。ごめんなさい、急に……何だか私、おかしくて。どうしようもなくて。しばらく……少しだけ、こうしていていいですか？」
「ああ……でも」
いつの間にやら、図書室の利用者は失せていた。下校時刻はとうに過ぎている。
名実ともに、二人きりだ。
「先生。先生」
「うん。どうしたの？ 苦しいのかい」
「いいえ。ご本を読んでくれませんか？ 何でもいいんです。あ、でも、にゃんこが出てくる本がいいかも。うん、ぜひそれで」
「本を？ この状態で、かい。ええと……」
いささかに慌てる珪先生は、いつもの凛々しさと比しても可愛らしかった。彼の顔がとても近い。思いのほか広い胸板に丸ごと包み込まれているような感触。かつてない密着度に、綾花は満たされてゆく。
彼の赤く染まった頬に、迷惑をかけてしまって悪いかな、とも思う。今ここへ誰かが踏み込んできたなら、彼は苦境に立たされるかもしれない。けれど抗うことはできない、何しろ神魂の影響ときたらいつものごとく、容赦がないのだ。
しかしながら、こう考えなかったとも言い難い。綾花は半ば意識して、それを思考の片隅へ追いやってしまったが。
つまり、この現象を言い訳にすれば、思うさま彼へ甘えることができるのでは？ と。
それから珪先生は、しばし本を読み聞かせてくれ、子どものようにぐずる綾花を優しくあやして、満足するまで頭を撫でてくれた。
すっかり安心に浸った綾花が眠りに落ち、今この時にうっすらと覚醒するまで、彼はそうして頭を撫で、落ち着かせ、甲斐甲斐しくも支えてくれていたらしい。
「僕は……教師だ」
思えば。
思えば彼と不思議な現象を共にしたのも、幾度のことだろうか。もはや数え切れない。よもや彼も、その全てが夢の中の出来事だとは信じていまい。
「これを言い訳にしてしまっても、いいのかな。それとも、僕は……」
薄目を開けて、こっそり。見つめた彼の瞳には、苦悩や葛藤も確かにあった。けれどそれ以上に、その輝きには、あたたかな色を感じて止まない。
確かに綾花は、感じたのだ。
あとがき
担当マスター：
網 透介
ファンレターはマスターページから！
いつもお待たせしてしまいまして。大変恐縮です。
網です。「甘え日」、いかがだったでしょうか。
完璧な人間なんてこの世に存在するはずもありません。どんなに元気な人だって、どんなに気丈な人だって、誰かに甘えたいと思うことはあるはずです。みんな甘えたいんです。甘やかしてほしいんです。僕を甘やかしてほしいんです。
そんな想いを形にしてみました。お楽しみいただけたら幸いです。
それでは、また次回に。
網でした。
網です。「甘え日」、いかがだったでしょうか。
完璧な人間なんてこの世に存在するはずもありません。どんなに元気な人だって、どんなに気丈な人だって、誰かに甘えたいと思うことはあるはずです。みんな甘えたいんです。甘やかしてほしいんです。僕を甘やかしてほしいんです。
そんな想いを形にしてみました。お楽しみいただけたら幸いです。
それでは、また次回に。
網でした。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2021年07月20日
- 参加申し込みの期限
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- 2021年07月27日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2021年07月27日 11時00分
