ハッピーバースデー！　５月☆｜リアクション

ハッピーバースデー！　５月☆

　三折部朝衣は誕生日当日、誕生日の『た』の字も浮かばなかった。次から次へ湧いて出る仕事に追われながら、一日を過ごした。
　落ち着いたのは誕生日から数日後。
　休日の朝、起床してハッと気づいたのだ。
「過ぎてたのね」
　と、スマホの着信が鳴った。画面を見ると、『住沢遥人』とある。恋人である彼は、シーサイドタウンの洋食レストランで若くしてシェフを任されている。
　朝衣はすぐに着信に応答する。
「もしもし」
『あ、おはよう。朝衣。遅れたけど、誕生日おめでとう』
「！　ありがとう」
　忙しさでよく覚えてないが、次回の休みの予定を聞かれたことを思い出した。
　このタイミングで電話をしてくれた大好きな恋人の気遣いに胸がいっぱいになる。
「今日の天気、見た？　久々に海へ行かないか？」
「え」
　カーテンの隙間から眩しい光が漏れているのはわかっていたが、まだ天気は確認していない。
　電話をしながら開け放った窓の向こうには青空が広がっていた。晴天だ。
「！」
　眠気が吹き飛んだ。
「今日は真夏のような天気で、波も高いから」
「行くわ」
　待ち合わせ場所と時間の確認をし、電話を切る。
　準備をして家を出た朝衣は、遥人に会うのも久々だと気づく。
　
　そして、

　海岸のそばで手を振っている彼の姿が見えた。駆け出した朝衣はそのまま遥人に抱きつく。遥人も笑顔で抱きしめてくれた。
「久しぶりだね、朝衣」
「……ええ」
　涙ぐんだのを見られたくなくて、彼の胸に顔を押しつけていた。

　ボードの準備を終え、二人で海へと入る。
「下手になってないか心配だわ」
「だとしてもすぐに戻るよ」
　ボードに腹ばいになり、沖まで泳ぐ。確かに波は高い。
「朝衣、来るよ」
　白波が見える。タイミングを見計らって、ボードへと立ち、体のバランスを調整する。
「っ！」
　飛沫の中、波の上を駆ける感覚はとんでもなく気持ちよかった。遥人との距離が近い。手を繋げるくらい、近い。
　笑いあった瞬間にボードから落ちる。海に潜って顔を出すと、爽快感が凄かった。
「はぁ〜気持ちいいっ」
「ああ、やっぱり良いね」
　これぞ二人のデートだ。
　
　昼頃、遥人に手を引かれて砂浜に上がった朝衣は遥人が敷いたレジャーシートの上にクーラーボックスがあるのを見つけた。
「僕はパティシエじゃないから、こういうのはジャンル外なんだけど」
　照れくさそうに言って開けたその中には一口サイズのミニケーキが3つ入っていた。それぞれ、いちごクリーム、チョコクリーム、抹茶クリームだ。お弁当用のピックが刺さっている。
「え」
「誕生日だからね」
　わざわざ作ってきてくれたらしい。
「あ、ありがとう」
　本当はもう少し大きなホールケーキをと思ったらしいのだが、
「ううん。充分よ」
　ピックを持って、一口。
「ん、甘い。……美味しい」
　ベタな表現だが、幸せの味がした。

　ひたすら波を追いかけて、時刻は夕暮れ時。すっかり穏やかになった海の上で、ボードに掴まって水平線を見つめる。
　夕日が眩しい。周辺の建物などの輪郭が揺らぐくらい、辺りが暗くなってくる。
「朝衣、ちょっとこっちへ」
「え？」
　お互いボードの内側にはいる。片手で肩を抱き寄せられた。
「おめでとう、朝衣」
　朝衣は少し恥ずかしそうに、彼と唇を重ねた。
　きっと誰にも見えていない。