とまどいエチュード｜リアクション

とまどいエチュード

　暗い舞台の上に、鳴海透璃は立っている。
　スポットライトの当てられた彼女の場所からは、舞台の梁、照明、奥行きといったものは判然としない。
　目の前には観客席があり、一階席、二階席から桟敷席までぎっしりと観客が犇めいている気配があり、補助席や立ち見まで溢れている様子だったが、ぜんたいに客席は闇に沈んで、どの観客も姿はよくわからない。
なにやら人間ならざる妖しげな連中までいる。
　――夢の劇場･･････。
　先般、ここへと自分を誘ったなにものかが言った言葉を、彼女は思い出していた。
　与えられた役を演じきれば、この空間から脱出できる。

（舞台俳優）

　まだ年若い彼女ではあるが、透璃にとってそれは、まさに神から与えられたというべき天職であり、それを全うすることが彼女の人生における使命だった。
　普通の生活を送ってみたいという願いから寝子高への進学を希望したが、彼女の心はすでに舞台の世界に奪われていた。
　彼女の舞台での振る舞いは、年の離れた相手も熱狂させ、彼女が喉を震わせて歌えば、熱狂的なファンが悲鳴を上げる。
　すでにこの年にして、将来の活躍を嘱望されている。
　著名な演出家の父と、舞台俳優の母という出自ゆえ、その挙措を多くの大人たちに見守られている。
　――だが、そうした外向きの評判とは別に、彼女は自分が舞台に生きるべき存在であると、早くから納得していた。
　舞台で自分とは別の存在になりきること。
　舞台で自分の言葉ではない言葉を口にすること。
　それは、彼女にとってとくべつな体験であった。
　他人の言葉により、透璃は自分自身が別のものになりきることができた。他人の人生を、我が物のように生きることができた。ことによると、その他人の生こそが本当の自分のあるべき姿で、今の自分は、鏡に映った像ではないか、と思えるくらい･･････。
　その時、天井のライトがカッとひときわ強く灼熱した。
　自分自身が内側から輝き渡ったような気がして、透璃は思わず自分の姿を確認する。
（令嬢･･････？）
　彼女が舞台衣装として身に纏っているのは、中世の貴婦人が身につけるドレス。
『悪役令嬢』という言葉が脳裏に浮かんだ。
　どうやら、この『悪役令嬢』を演じなくてはならないらしい。
　――これをやらなきゃ、ここからでられないんだろう？
　軽く肩を竦める。
　なんにせよ、舞台に立たされ、役をあたえられれば、全力で演じるのみ。
　心は決まっていた。

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