とまどいエチュード｜リアクション

とまどいエチュード

◇第一幕：令嬢たちの憂鬱

　とある王宮での夜会。
　数多くの貴人、貴婦人が招かれて、豪奢な料理と流麗な音楽が彼らをもてなしていた。
　まもなく主催者である王子から、知らせがあるらしい･･････。
　そんな噂も立ち、会は期待と不安でまさに最高潮に達しようとしていた。

「レディ、此方の鴨のローストはいかがかな？」
「あ･･････ちょっと私、気分が優れませんで･･････」
　おほほ、と口元を押えつつ、アシュリー・アンダーソンは足早にその場を離れる。
　鬱金の美しい髪と野性的でエキゾチックな風貌は、パーティ会場では珍しく、はっと目を引く美しさで、彼女は先ほどから多くの男たちの耳目を集めていた。
　柱の陰――観客からも死角になるそのあたりで、アシュリーは一息ついた。
　舞台上の小道具とはいえ、鶏肉を食べるシチュエーションは慣れていない。

（ん？　即興劇？）
　ヘンテコな世界に巻き込まれた彼女。
　演じきらなければ脱出できないと聞き、
「ならば満足するまで演じきってみせよう！」
　と応じた。
　衣装を纏わされ、舞台の世界へと移動。
（あたしの役柄は……）
　身にまとわれた豪華でかわいらしいドレスを見る。
　フリルがいっぱいの、桃色をあしらった衣装。
（深窓の令嬢、ってやつか）
　自分とは真逆の存在、と直感した。
　活動的でスポーツ万般を好み、面倒ごとは腕っぷしで解決。
　あまり淑女という柄ではない。
（とは言え……与えられた役はこなして見せるさ）

「ご機嫌はいかがかな、異国風の令嬢」
「あ、これはこれはご丁寧に」
　背後から声を掛けられ、慌てて振り返るアシュリー。
「見れば挙措、立ち振る舞い――一流のマナーと身のこなし。さぞや名のある家の令嬢とお見受けいたしました」
「ど、ども……じゃない、おほめに預かり光栄ですわ」
（立ち振る舞いなら、大丈夫なんだけどな……）
　根っから感覚派の彼女。武道の演武や、ダンスなどは、大抵見ただけで踊ることができる。ピアニストが一度音楽を聴いただけで完全に再現できるのと同じ道理だ。
「本日が社交デビューと言うところですか」
「いや、貴重な機会にでっくわしたものですな」
「今日一晩で、貴方は百人の男を虜にし、百人の味方を得て、百人の敵を作るのでしょうな」
　アシュリーに群がる貴族たちが、笑い崩れる。
（こ、これが社交界のジョークってやつか……）
　冷や汗をかきながら、アシュリーは気の利いた返答を考える。
「ひ、百人の敵くらいなら、わたくしがぶちのめして差し上げましょう！」
　笑いながら答えるアシュリーの言葉に、一同が固まる。
（ヤバイ……）
　どうしても、俗な一面がでてしまう。
「じ、冗談です」
「――ははは、これは一本取られた！」
　引き攣った笑いを浮かべる貴族Ａ。
「此方の令嬢は、冗談もお得意だ！」
　ことさらに笑い声をあげる貴族Ｂ。
　ほっと安心するアシュリー。
「そう、冗談ですわ。多勢を相手にするときは、小道に誘い出して一人ひとり小指を折って戦力を無効化するのが定石ですものね。一気にぶちのめすとか、そんな非常識な……」
　取り繕おうとして、自爆してしまうアシュリーに、男たちは毒気を抜かれていた。

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