【球技大会】思い出に残る初夏の大会へ｜リアクション

【球技大会】思い出に残る初夏の大会へ

　最終日、全校生徒が第一グラウンドに整列した。そこで全ての競技の結果が発表された。嘆く声と歓喜の声が入り混ざる。
　万条幸次は全身の力が抜けた状態で結果を耳にした。閉じそうになる瞼に抗い、ゆるゆると欠伸を噛み殺す。
　――運動は苦手なんだけど、俺が参加したサッカーは悪くなかったよねぇ。失点になるようなミスはなかった。よくボールを拾ったよねぇ。パスも繋がったほうかなぁ。
　ぼんやりした思考で、また欠伸が出そうになる。半ばまで開いた口を右の掌で押えてやんわりと阻止する。
　――それにこの二日間は走ったねぇ。半年分の走り溜めができたよねぇ。それもあって、もうクタクタだよ。
　身体が微かに揺れる。自然に首が曲がって頻繁に頭を振った。

　仮設テントは各委員の精力的な働きで早々に片付けられた。広々とした第一グラウンドは生徒達の交流の場となった。多くがクラス単位で集まって談笑に興じる。
　幸次のクラス、普通科の三年二組は恵御納夏夜が持ち込んだジュースを紙コップに注いだ。それを恵御納夏朝が全員に行き渡るように配って回る。
「まだ貰ってない人がいたら教えてね」
　椎井莉鳥が軽く手を挙げた。夏朝は笑顔で紙コップを手渡す。
「ありがとう」
　莉鳥は一口、飲んで安らいだ表情を浮かべた。
「疲れた時に甘いジュースは本当に美味しいねぇ。みんな、今日はお疲れー。俺もこっそり練習した甲斐があったよ」
「本当か？　なんか怪しいな」
「本当だよ。練習中に何回だったかなぁ。寝ていた時もあったけど」
「サッカーの睡眠学習だな」
　その一言で笑いが起きた。
　夕焼け空の下、涼しい風が吹き出す。また、と声を掛け合って解散となった。
　幸次は早々と筋肉痛に襲われた。ぎこちない足取りで自転車置き場に行く。
「乗って帰るのが大変だねぇ」
　呑気な声でサドルに跨り、よろよろとしながらペダルを漕いだ。

　痛みに慣れてきたのか。正門を抜けると自転車の揺れが少なくなり、漕ぐペースが安定した。とは言え、漕ぐ度に微妙に顔を顰めた。
　――チャリのペダルってこんなに重かったかなぁ。みんなには練習を疑われたけど、本当にがんばったんだよねぇ。
　いつもより早くに学校にきて、こっそり朝練とか。放課後も隠れてしたよねぇ。今考えると、よくあそこまでやれたもんだ。
　少しだけ、踏み込む足に力を込める。吹き付ける風に目を細める。前の信号が赤に変わり、ブレーキを掛けた。
　止まっていると色々な想いが溢れ出す。
　――俺は三年生なんだよねぇ。どんなイベントも今年で最後と周りに言われるんだけど、実感はあんまりない。来年になっても普通に学校にきて生活しているような気がするんだよなぁ。
　まあ、留年の予定はないんだけどねぇ。
　信号が青に変わる。幸次は緩やかに自転車を走らせた。
「……なんで実感がないのかなぁ」
　後ろに流れていく光景をぼんやりと眺める。一瞬、目が大きく開いた。
　――そうだ、俺は進路のこと、何も決めていなかったんだ。だから、卒業した後のことが想像できなくて、実感が湧いて来ないのかも。
　将来、やりたいこと。なんだろう。考えたことがないから、すぐには浮かんで来ないなぁ。
　旧市街にあるアパートが見えてきた。急に瞼が下がる。
　――とにかく今日は疲れた。意識がぼんやりする。眠気のせいかもしれない。進路のことは頭がしゃっきりした時に考えればいいかなぁ。
「今日は寝よう」
　幸せそうな笑みで言った。

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