【三寮祭】ばっひゅーんシャッフル☆ナイト｜リアクション

【三寮祭】ばっひゅーんシャッフル☆ナイト

●星ヶ丘寮～シンデレラパーティ・その６

「ふぅ……」
　梓智依子は優雅にため息を吐いた。
　すっかり泡が消えてしまったもう飲む気のない炭酸を、グラスの中でくゆらせる。
（来たのは間違いだったかな……）
　声を掛けてくれた男子たち──そのほとんどは自分より年下──には申し訳ないが、シングルマザーな智依子は、どうしても娘の顔がちらついて心からは楽しめずにいた。いまごろどうしているだろう。ご飯はちゃんと食べたかな。つまづいて転んで泣いていたりはしないかしら。息抜きで来たはずなのに心配事は尽きない。
「……考えていても仕方ないわよね。私が楽しまなかったらあの子にも申し訳ないもの。そうよ、ふだん食べられない美味しいものを食べて帰らなきゃ」
　そう思ってビュッフェコーナーへ向かう途中、きっとぼんやりしていたのだろう。純白の上着を着た青年とのワルツを終えて噴水広場から戻って来た七夜あおいとぶつかってしまった。
「きゃ。ごめんなさい。ああっ、飲み物零れちゃいました！？」
　飲みかけだった気の抜けた炭酸がすこし、智依子の胸元に零れてしまっていた。
「ああこのくらい大丈夫よ」
「そんな！　沁みになったら大変です」
「ありがとう。でも本当に大丈夫。ものをこぼすのなんて子育てをしていたら日常茶飯事だもの」

　するとメイド服の女の子が近づいてきて、さり気なく声を掛けてくれた。
　皆が優雅なダンスパーティーを楽しんでいる間、裏方に徹していた青山絢である。あおいと智依子がぶつかってしまった顛末を見ていて、ほかの客の目を引いてしまわないよう、それでいて彼女たちの助けになれるよう、落ち着いた振る舞いで白いレースのハンカチを智依子の手元に差し出してくれた。
「こちらのハンカチをお使いください。代わりのお飲み物を持って来ましょう」
　あおいが零してしまったグラスと、智依子が持っていた気の抜けた炭酸のグラスを引き取って、かわりに淡いピンクのソフトドリンクを持って来てくれる。
「ありがとうございます」
「いえいえ。どうぞこのあともお楽しみください」
　絢は礼儀正しくスカートの裾を摘まんでお辞儀をして仕事に戻ってゆく。
　それからあおいと智依子は絢が持って来てくれたドリンクで乾杯し、お互いに自己紹介した。
　智依子は自分がシングルマザーで4歳の娘がいることを正直に告げると、するとあおいはうんうん、と頷いておおいに共感してくれた。
「うちも弟と妹が５人いて……小さい子がいるって大変だよね」
　
　あおいと子育て談義（？）で盛り上がり、気持ちがすっとした後は、それなりに面白かった。
　誰かの誘いを受けてもいいかと思った頃合いに野菜原ユウに声を掛けられ、なぜか踊ることになった。
「ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー……」
　ユウはぶつぶつ唱えている。リズム感は良さそうだが、なんだかあまりダンスが得意な感じがしない。
　大丈夫かなあ……なんて思っていると案の定、ドレスの裾を踏まれてつんのめりそうになった。
「悪い、ドジっちまった。あんたをスマートにリードできなくてごめん」
「……ドンマイ」
　息子、といったら失礼だが、なんだか弟みたいな気がして智依子は多目に見ることにした。

　絢は仕事をしつつ、さり気なく踊る男女を観察して「あのカップルは成立しそう」「あれは見込みないわね、誘い方が強引だし」などと適当に成り行きを予想したりして楽しんでいた。智依子とユウについては「んー、男のほうが頼りないかな。見込み薄」という予想。
　ダンスの申し込みをされれば仕事中ですとやんわり断り、絢はメイドとしての仕事をこなしていく。
「皆様が満足してくだされば、って気持ちが実感としてわかったわ」
　いつかメイドの役が来たら、きっと立派にこなせることだろう。