世に学生寮は数多あり、寮祭もまた同じ数だけあるだろう。しかしながら寝子高のように公式非公式合わせて三つの寮が日を合わせてともに寮祭を行うというのは珍しいだろう。セレブな寮風の星ヶ丘寮、フツウがウリの桜花寮、オンボロではあるが自主自立を重んじるあまり学校側との対立をものともせず自治運営をし続ける猫鳴館。それぞれに特色ある三つの寮が同時に行う三寮祭が始まった。今年はそれぞれの寮の住人や地域の人たちをシャッフルしてお泊り体験する「ばっひゅーんシャッフル☆ナイト」がテーマある！


●猫鳴館～チャイナっちゃいな・その１


「よーし、みんな！　楽しんでいこうぜ！」

　猫鳴館自治会長の近石 簾は、武将よろしく愛用のレンチを高く掲げて、いくさ支度ならぬ寮祭準備に勤しむ寮生たちを鼓舞した。上級生たちは勝手知ったる様子で好きに動いているが、入寮したての１年生たちにはまだ戸惑いも見られる。
　月原 想花も戸惑う１年生のひとりだった。本来入るはずだった桜花寮や、セレブな星ヶ丘寮に行ってみたい気持ちもあったが、寮の先輩たちがノリノリで猫鳴館をチャイナ風に改装し始めて、「１年、そっち押さえてて」やら、「１年、物置からアレ取って来て」などと言われて動いているうちにすっかり巻き込まれてしまっている。
「家に居場所がなくて実家を離れて寝子高へ来たけれど、今一つこのノリについていけないんだよ、なっ」
　なっ、の声とともに釘を打ち込むと、古びた柱に沿って気高く昇る金龍の細工が完成した。
「うおお！　最高すぎるだろ、月原！」
　簾にバンバンと背中を叩かれ、想花は我に返った。最初は厭々、文句を垂れ流しながらの作業だったのに、ノリと勢いで猫鳴館のあちらこちらをチャイニーズファンタジー風に飾り付けていくうち、世界観を創りこむことにハマってしまっていたらしい。最終的には映画のセットばりに凝りに凝った装飾で皆を驚かせる仕事をしてのけた自分に、自分で慄く。
「ここまでしろとは言われてなかったような」
　想花は赤面した。空想好きな自覚はあったが、ここまで脳内を駄々洩れさせてしまったとなると、裸を見られるのと同じくらいに恥かしい。
「いいじゃねえか！　猫鳴館のいいとこは、全部手作りってとこだよな！　そりゃイイもんはいくらでも買えるかもしれないけどさ、なんでもいちからぜんぶ楽しめる。それってけっこう面白いしすごいことだと思うぜ！」
「そ、そう……ですか？」
　自治会長が手放しで喜んでいるので、これでいいのかもしれない。
「うわーっ、廊下がすごいことになってます！」
　自室から顔を出した喜矢武 あいおが喜色いっぱい想花のほうへ駆け寄って来た。
　手には奇妙で大きな白と黒の物体を手にしている。
「これも置かせてもらってもいいですかぁ？」
「え、ああ、うん」
　想花が頷くと、あいおはソレをお客様をお出迎えするのにちょうどいい玄関先にどんっと置いた。
「なんだ、それ。パンダ？」
　簾がまじまじと観察する。
「僕がつくったパンダの置物です！」
「つーか、北海道土産で有名な木彫りのクマだよな」
「僕が白と黒に塗ったんです！」
　あいおはどや顔で胸を張る。木彫り熊パンダは、それ単体で見たらちょっと変だが、その変さが如何にも猫鳴館らしく、想花が作り上げた中華なカオス感にしっくり来ているのは間違いなかった。
　チャイナ服に着替えよう、と想花が拳を握った。
「もっと世界観の中に入り込んで楽しんでほしいし」
「オッケー。俺はお下がりのチャイナを借りてこよっ」
「ですねぇ」
　MewTuberでもあるあいおは自前の配信用の衣装があるので、一旦自室に戻る。
　簾と想花は、先輩が寮内のあちこちに遺して言ったチャイナ衣装やグッズをかき集めた。
「……ホント地味になんでもあるんだよなここ。なるべく綺麗なのを見繕って、手入れしたらお客さんにもレンタルできっかな！　チャイナが恥ずかしーってやつも、帽子とか、髪飾りとかでチャイナ気分味わって欲しいし」
「いいと思います」
　赤地に龍をあしらった派手めのドレスに着替えた想花は見違えるようだった。
　簾は白い木蓮の髪飾りを見つけて彼女の耳の脇に挿してやった。
　ショートボブの髪に白い花飾りは良く似合った。

◇

　猫鳴館には、寮生が自由に使うことができる台所がある。
　元自治会長であり猫鳴館を隅々まで知り尽くす邪衣 士は、台所の隅々を綺麗に拭き清めている。今は役職についてない一般の自治会員だから全体の仕切りは現自治会長に任せて、こうしたこまごまとしたところに気を配ることが自分の仕事と考えたためだ。
「これでよし。虫が入りこんだら料理番長が黙ってないからな……」
　ふぅ、と満足げに息をつく。
「しかし人の入り具合によっては洗い物も多そうだな……」
　皆が地下行ってるときに一人で済ませるか？
　いやいや地下は地下であれだし慣れてる人が案内したほうがいいか？
　まぁそこは他のみんなの意見に任せるか――などとぶつぶつ独り言を言いながら綺麗になった台所で行ったり来たりしていると、そこに顔を出した人物がいた。

「お邪魔するぜ。これ、みんなで食べてくれ」

　肉のパックを山のように重ねて米俵よろしく持ってきたのは、士にとっては探検部の先輩となる龍目 豪である。大学生になった豪は自身は星ヶ丘寮の出身だったが、海原 茂たちが卒寮生コンパをすると聞いて猫鳴館を訪れ、ついでに後輩たちに差し入れも持って来てくれたのだ。神か！
「邪衣は元気にやってるか？　迷子になってないか？」
「何故俺が迷子にならないと思うんですか」
「あはは、そうか！　俺はマタ大の探検部に入ったぜ。備品が充実していて助かってる」
「羨ましいですね」
　快活に笑う豪と、妙に苦労性の士は、最近の探検部の様子などをあれこれ話した。備品が足りない話。予算が足りない話。ないないばかりだが、探検とは、「ない」から危険、と、「ない」から楽しい、は隣りあわせだったりもする。
「まあ、無理なく安全第一でやってくれ」
　豪は後輩の背中をぽんぽんと叩いて労った。