はじめてシナリオ｜リアクション

はじめてシナリオ

　行き先を誰かに言えば止められる。それならば誰にも話さないで行動すればいい。
　思い付いた八代拓哉は即座に行動に移す。小ぶりのリュックに必要最低限の物を詰め込んで、そっと自室を抜け出す。足音をさせないで廊下を歩き、急いで運動靴を履いた。
　旧市街の祖父の家を出ると九夜山に向かって走り出した。頭頂から飛び出た髪が激しく揺れる。頭に嵌めた大きなゴーグルは冒険心に溢れていた。
　拓哉はロープウェーを無視して登山道に突っ込む。小さな身体を酷使して懸命に山道を上る。
　自分の身体のことを熟知しているのか。具合が悪くなる前に立ち止まり、休憩を取った。持ってきた水筒で喉の渇きを癒す。身体が冷えてくると首の汗が気になって持参したタオルでごしごしと擦った。
「もう平気やで」
　しっかりと前を見据えて力強い歩きを見せた。下りてきた登山者には、こんにちは、と大きな声で言った。
「……こんにちは」
　相手は少し遅れて挨拶を返す。目は他の誰かを探すような動きを見せた。
「みんなと合流せんとな」
　拓哉の大きな独り言に相手は納得の表情を浮かべた。
「……危なかったで」
　速足で歩いたあとに拓哉は呟き、後ろをチラリと見た。相手の姿は見えなかった。
「急いだほうが、ええかもな」
　可能な限りの速度で上っていった。

　三回の休憩を経て山頂に辿り着いた。
　拓哉は素晴らしい眺めを楽しむ振りで身体を休める。先程、変調の兆しがあり、慌てて口に手を当てた。おそるおそる掌を見ると吐血はしていなかった。
「もう、ええかな」
　眠そうな目で愛らしく笑うと三夜湖に繋がる道を下っていく。足には力が戻り、無理のない範囲で速度を上げた。
　一時は木々で視界が悪くなったが、それも解消された。横手の湖を何とはなしに眺めながら歩を進める。
　目的の場所に着いた。
「壊れたおもちゃ箱みたいやで」
　独特な表現で正門を抜けた。瞬間、間延びした猫の鳴き声が聞こえた。
　見ると黒猫で背筋を伸ばした状態で座っていた。近づくと四つ脚となった。黒い尻尾を立ててゆらゆらと揺らす。
　更に近づくと距離を保つように少し離れた。
「なんで逃げるんや。オレ、悪い人間とちゃうで」
　手を差し出して指を動かす。その状態で距離を詰めると黒猫はいきなり逆の方向に走り出した。
「待ってやー！」
　拓哉は追い掛ける。引き離されないように全力で走った。柱の間を縫うようにして黒猫との距離を詰める。
　手が届くと思った瞬間、黒猫は急加速で一気に引き離す。
　拓哉は弱々しい笑みで、あかん、と呟いて足を止めた。慌てて口に手を当てると同時に咳が出た。その姿で近くの柱の陰に身を寄せて縮こまる。
　押えていた手をそっと離して見ると、赤い可憐な花に似た血が付いていた。
　着ていたウインドブレーカーは撥水性で血痕は見られない。
「もーまーんたーい」
　気楽に言いながら水筒とタオルで後始末をする。手慣れたもので吐血の事実は瞬く間に消された。
「あの、本当に大丈夫なのですか？」
　正面の声に急いで顔を上げた。
　ツインテールの花咲夢乃が心配そうな顔でこちらを見つめていた。
「別になんでもないで」
　言いながら湿ったタオルで口を拭った。
「でも、血の跡が、もう無くなりましたが」
「あー、これな。走ってたら転んで少し口の中を切っただけやで。甘いお菓子でも食べたら治るんちゃうかな」
「そうなんですか？　もし、何か困っていることがあれば遠慮なく言ってくださいね」
　夢乃は力なく笑うと踵を返し、また振り返る。
「どうしたん？」
「突然なのですが、寝子島にはアイドルが多いと聞きまして。その、あなたはアイドルに興味がありますか？」
「どうやろな。強いヒーローなら嫌いやないで」
「ヒーローですか。男性アイドルもいますし、興味がありましたらネットの動画とかで観てくださいね」
　夢乃はにこやかに笑うと正門の方に歩き出す。
　拓哉は立ち上がって大きな声で言った。
「心配してくれてありがとなー！　また会えたら、もっといっぱいお話をしよー！」
「そうですね。その時はアイドルの在り方やアイドルの素晴らしさをたくさん伝えたいです」
「全部、アイドルやん」
　二人は最後に笑顔を交わす。夢乃を見送ると拓哉は大きな伸びをした。
「オレも帰るかな。うん？　リュックの迷子札が無くなってるやん」
　目の見える範囲には落ちていなかった。拓哉は夢乃が去った方向をぼんやりと眺める。
「あのツイ姉（ツインテールのお姉ちゃん）が拾ってたら、ほんまにまた会えるかもなー」
　清々しい笑顔を見せた。

このページにイラストを設定する

はじめてシナリオ

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧