はじめてシナリオ｜リアクション

はじめてシナリオ

　春らしい服装で身も心も軽くなったのか。瀬川天音は栗色の髪を弾ませて旧市街の通りを颯爽と歩く。
　――日曜日の朝はどこか空気が澄んでいるように思えます。
　翠緑色の瞳は何かを期待するような輝きに満ちていた。目にした路地を右手に曲がると少し足を速めた。
　出た先は参道商店街で中程に当たる。左右に目をやり、左手に歩き出す。
　電気店に差し掛かる。最新のパソコンの売り出しを伝える貼り紙を目にした。自身が勧められているかのように苦い笑いが漏れた。
　――未だに機械関係は苦手です。高校に進学したので、どうにかしたいとは思っているのですが。
　足早に通り過ぎた。大きな目は別の店に向かう。ショーウインドウに並べられた物を見て首を傾げた。
　年代物のランプが置かれていた。近くにはシメジを模った置物があった。
「……文鎮でしょうか」
　目は横手の水晶玉を見つめる。
　――初めて見ました。どのようなお店なのでしょうか。
　水晶玉を気にしつつ、木製のドアを開けた。
　暖色系の仄明るい光に包まれる。細々とした物が無秩序に並べられていた。
　――探す楽しみがありそうです。
　柔らかい表情で見ていく。赤や青の切子グラスの細かいデザインに関心を寄せる。値札を見てすっと横に移動した。
「これは」
　芸術性の高いガラスペンが置かれていた。インクも添えてある。尖端は細く、螺旋を描くように彫り込まれたそれぞれの線が美しい。
　――ペン先がインクを吸って滑らかな字が書けるのですが、高校生になったばかりの私には高嶺の花です。
　明るかった表情が徐々に陰り始める。伏し目となって次の品を目にした。
　急に背筋が伸びた。光沢のある万年筆を手にして指の感触を確かめる。
　――とても持ち易いです。何より、初心者にふさわしいお値段が嬉しいです。インクと合わせると、それなりの値段になりますが。
　小難しい顔はすぐに解消された。万年筆とインクを持ってレジへと急ぐ。考えが変わる前に購入を果たした。
　天音は上機嫌で店を出た。ロゴの入った小さな紙袋を手に提げて弾むように歩く。
　ふいに足を止めた。うずうずした顔で道の端に寄ると紙袋から黒いインクを取り出した。光に翳して見ると光の当たった部分が翠色に輝いた。
　――やはり、ただの黒ではありませんでした。このインクで紡ぎ出される言葉を早く目にしたいです。素敵な時間が増えそうな予感がします。
　目を細めてインクを元に戻す。
「あのー、少しいいですかねぇ」
　横手から声を掛けられた。見ると背中が丸くなった老婆であった。右手で杖を突いている。
「はい、どのようなご用件でしょうか」
「布団の大村さんはこの辺りですかねぇ」
「この通りではなくてもう少し南の方で。少し道が入り組んでいますので、私が道案内をしましょうか」
　ちらりと紙袋を見たあとで言った。
「親切なお嬢さん、ありがとね」
「大したことではありません。こちらの道が近道になります」
　天音は老婆のゆっくりした歩行に合わせた。すると別のかくしゃくとした老人が声を掛けてきた。
「もし、そこのお嬢さん。寝子島図書館を知っているかね」
「はい、存じています。向かう方向が同じなので案内することはできます。よろしければご一緒しませんか？」
「では、お願いしよう」

　その後、別の老人が新たに加わる。巻き込まれ体質の天音らしい一日となった。

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