新年度、九夜山ピクニック☆｜リアクション

新年度、九夜山ピクニック☆

☆美の泉の人面魚

「ボートもいいが温泉がよさそうだな」
　２年体育科の響蒼留人は、そんな理由でコースを決めました。
「全身入れれば一番だが、足湯でも悪くない」
　去年体育科のレクリエーションははピクニックではなかったので、ちょっと他の科がうらやましかった蒼留人。
　三夜湖と千年杉、どちらのコースでも特に不満はなかったのです。
「登山はいい修行になるな。せっかくだから友好も深めたい」

（へばるほどの山じゃないと思うが、もしばててる人がいたら荷物を持ってやろう）
　そう思っていた蒼留人は、ふらふらして顔が青白い女子を見かけました。
（すごい髪だな。染めてるのか？）
　白と黒の珍しい髪色に驚きながら、声をかけました。
「大丈夫か？　荷物が重いなら持つぜ」
「……ありがとうございます～。ゆうべ絵を描いていてつい夜更かししてしまってぇ」
　迷った様子でしたが、彼女は素直にリュックを蒼留人に預けました。
「１年芸術科の黒白滴です～。ご迷惑をおかけしてすみません～」
「２年体育科の響蒼留人だ。剣道部の鍛錬と思えばこっちがお礼を言いたいくらいさ」
　そう言って蒼留人は、美の泉まで滴のリュックを背負ってあげたのでした。

　千年杉コースを選んだ２年普通科の水上桜は、山のおいしい空気を味わいながら美の泉にたどり着きました。
（思ってたより綺麗……大抵実物を見ると、想像よりもショボかったりするものなのに）
　なんでも、ミネラル豊富な水質のおかげで泉が色彩豊かなグラデーションを描いているのだそうです。
「紙を浸して乾かしたら、泉のようなグラデーションに染まるのよね」
　そう聞いていた桜は、いろんな紙を用意していました。
　普通のスケッチブックから切り取った紙や、適当な白い紙をブックカバーにしたものなどを取り出し。
　泉につけると、確かに虹色に染まりました。
　面白くなって、桜は次から次へと染め物をしました。
「……あれ？　なんだか肌が綺麗になったような」
　手が虹色に染まっても困るので、タオルで拭いておきました。

　その近くでは、蒼留人が紙を泉につけていました。
「不思議だな。本当に虹色だ。友人への土産にちょうどいいな」
（足を入れてみたいが、周りが紙をつけているところに汗をかいてる足をつけるのも悪いかな）
　とりあえず靴下を脱ぎ、お湯をすくってかけてみるのでした。
「なかなか気持ちいいな」

　いろんな紙を染めて満足した桜ですが、ふと向こうの水面に何か潜んでいる気がしました。
「……何だろう、魚？」
　ぱちゃん。
　一瞬水面に魚が顔を出して。
　それは、人間のような顔に見えました。
「ば、化物？！」
「人面魚だ！」
　誰かが叫ぶ声がしました。

「人面魚？　そんなのいるわけ……と言いきれないのが寝子島なんだよな」
　足を拭いていた蒼留人もつい水面を覗き込みます。
「いや、美人の人魚なら見てみたいが、人面魚はお呼びじゃないぜ」
　それが聞こえたわけでもないでしょうが、人面魚は身を翻し、深い水底に消えていきました。

「あれが『ビジョーニャ』？」
　いつの間にか泉の近くにいた滴がつぶやきました。
「何それ……ほんと、色々あり過ぎて困るわね」
「……そうね」
　桜がつぶやくと、滴は頷きました。
　そして、おもむろにスケッチブックを取り出して何やら描き始めました。

「食えない魚より、弁当だ」
　いつの間にかお昼の時間になっており、蒼留人はレジャーシートを広げ弁当を取り出しました。
　先日おにぎりを作りたくなって桜花寮で作った蒼留人は、今回も手作りおにぎりです。
　さすがにおかずに手をかける余裕はなくサラダとコンビニで買ったから揚げで済ませたのですが。

　それを見ていた桜もお腹がすいていることに気づき、友達とお弁当を食べ始めるのでした。
　近くでは名残惜しそうにスケッチブックを閉じた滴が、一人お弁当を広げていました。
（一人なのかな。声かけてみようかな）　
　迷った桜でしたが、友達との話が弾み、結局声をかけられずに終わりました。