雨の中のワルツ - a waltz in the rain｜リアクション

雨の中のワルツ - a waltz in the rain

　雨漏りするほどではないと言っても、月さんの住んでるところに比べると安普請ですよね……。
　ちょっと申し訳ないですと北条冬華は思うのだけど、桜月のほうはまったく気にする様子がなかった。むしろ、
「冬華好みの内装に冬華らしい家具、なにからなにまで冬華の匂いがする」
　と大いにこの状況を歓迎していた。
「しかもこの部屋で冬華とずっと過ごせるなんて」
　月はどさっとベッドに背中から倒れ込む。やわらかくて身が沈み込んでいくような気分だ。あるいは冬華に包まれているような。
　シンプルな部屋だった。青と白のストライプが基調、ドアノブの飾りやテーブルかけなど節々にレース飾りがあってふしぶしには冬華らしさが出ているものの、トータルとしては通販カタログのモデルルームのような殺風景な光景といえた。その分、すべておろしたての新品といっても通りそうな清潔感がある。
　今日から週末だ。冬華と月は予定を合わせ、下校の時間より明日まで、泊まりがけのデートをすることにしていた。ところが当日となってみればあいにくの雨、しかも注意報が警報になる勢いの暴風かつ豪雨が訪れたのだった。午前中はいい天気だっただけに変化は急激に思えた。
　これでは行きたい場所に行けそうもない。風雨が強まる前に、おとなしく帰宅したほうがよさそうだ。
　しかし、延期にしましょうか、と言った冬華に月はだだをこねるようにはげしく首を振った。
「だったら冬華の部屋がいい。冬華のお部屋でお泊まりデートがしたい」
「私の部屋といっても、なにもないですよ」
「それでもいい。いや、冬華がいてくれればそれでいいんだ。部屋に行きたい。ダメかな……」
　甘えるように冬華を見上げる。腕にすがりつき猫みたいに身をすり寄せた。月がこう言い出したらてこでも動かないことを冬華は知っている。それに、予定の中止ないし延期は冬華にとっても残念なことだった。ノーというつもりはない。けれどもかたちの上だけは、
「仕方がないですね」
　いかにも譲歩したように告げて、では行きましょうと冬華は月の手を取った。月とて冬華の考えはわかっているけれど、わがままが通ったという体裁のほうが気が楽だ。悪いねと行って冬華の手をしっかりと握った。
　こうして現在、月と冬華はふたりきりで、2LDKの間取りにいるのだった。

「いつまで」
　と冬華は窓の外をながめて行った。
「降るのでしょうね、雨」
「さあ……世界が水没するまでかも？」
「大洪水ですね。本当にそうなったらどうします」
「この部屋だけ方舟（はこぶね）になって、冬華とふたりいつまでも流されたい」
　そんな馬鹿な、などと無粋を言う冬華ではない。むしろ前向きに受け止めて、
「いいですね。月さんと漂流するのなら楽しそうです」
　と言ってベッドに座り、月に身を寄せた。
「でも舟が沈んだらどうする？」
　月が身を起こすと、冬華は静かにほほえんだ。
「でしたら、溺れるまでです」
「私はどうせなら」
　しがみつくようにして月は冬華の胸に身を預けて首をもたげた。
「私は水じゃなく、冬華に溺れるほうがいいな……」
「月さんたら」
　冬華は唇で、月の唇をふさいだ。

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