うごきだす春、部活動＆同好会｜リアクション

うごきだす春、部活動＆同好会

●陸上部、跳躍

　４月のある土曜日のことだった。
　椎井莉鳥はセパレートウェアの上にライムグリーンの陸上部Ｔシャツを重ねて、必要なものをバッグに詰めてシューズの紐を縛りなおした。
　玄関先で軽くストレッチした後、学校まで軽くジョギングする。
　天気は快晴。
　気温は五月中旬並みだと今朝のニュースでやっていた。
　じんわりと汗がにじんだ頃、学校に着く。
　グラウンドに回ると他の部員がストレッチをしていた。
「おはようございます」
　莉鳥のトーンは平坦で、愛想がいいとはとても言えないが、部員たちは慣れたもので「ういーっす！」とか「おはよっ！」などと元気に返してくれる。
　練習はいつも通り、基礎トレーニングのあとに、種目別の練習を行う。
　莉鳥のパートは走高跳。バーの高さを定めにかかった。
「1m60からいくわ」
　これは軽々クリア。5センチずつ上げて、1m75までは問題なくクリアする。
　記録を取っていたマネージャーが、もっとバーを上げるか聞いてくる。
「椎井さん！　これまでの最高記録は1m78です。どうしますか？」
「1m79まで上げて」
　即答した。去年の大会で出した自分の記録くらい分かっている。高校女子２年の中では全国でも上位に入るが、優勝するにはまだ足りない。
　どうしても破りたい１m78の壁。
　屈伸して呼吸を整え、バーを見据える。
　歩幅を合わせ、跳ぶ！
「惜しいッ！」
　見ていたマネージャの悔しそうな声。巧くない。踵が引っ掛かった。
　その後も走り出すスピードや跳ぶタイミング、空中での姿勢など、色々とチェックしたりしながら何度も跳ぶが、なかなか納得のいく結果がでない。
　顧問の浅井幸太先生にも何度かアドバイスをもらった。
　雛鶴さゆり先生が見学に来ていて、浅井先生が生徒に指導するのを熱心に見ている。
　アドバイス通りに跳んでも上手く行かない自分が口惜しかった。

　一方で、三年生ともなると先輩として、後輩の子たちの練習も見なければならない。
「踏切のタイミングはいいよ。もうちょっと腕を上げて遠心力を使えば跳べるはず」
　などとアドバイスしながら、表面上は淡々と後輩の面倒を見たりもする。
　最後のインターハイ、県大会の予選は６月だ。
　それが引退試合になるかもしれない。
　いままで以上に真剣に練習に取り組まねばならない。
　そう思うのに、手が空くと桜の下で元カレの腕に抱きしめられた、あの涙と体温を思い出す。
（……あんなのは甘い毒……思い出しても意味なんかない。忘れよう……もう、終わってるんだから）
　感傷を振り切るように、Ｔシャツを脱ぎ棄てセパレートウェアになる。
「もう一度。1m80で」
　衝動のままに勢いよく飛び出して、跳躍。
「……っ」
　高さは充分。
　その感覚はあった。
　なのにバーが落ちた。
　どこかが掠ったのだ。
　仰向けにマットに倒れ、しばらく動けなかった。
　視界一杯の青空に、白い雲が流れていく。
　失敗は失敗。でも――。
　手を伸ばす。
　雲をつかむみたいに。
　握りこむ。
　何か掴んだ。
　そんな気がした。

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