●アイドル活動研究部、始動


　四月のある日の放課後のこと。
　寝子島高校東門に、大きな黒いスピーカーを抱えた二人の少女の姿があった。
　縦ロールツインテールな白菫色の髪と弾けるような蒼い瞳でくるくる動いているのは、喜矢武 あいお。
　おなじツインテールでも黒髪をピンクのリボンで上品にまとめてお淑やかな雰囲気なのは、花咲 夢乃。
　二人はともに一年生だ。
　ふたりで設置した看板には『アイドル活動研究部　本日初ライブ！　新入部員募集！』と書いてある。
　今日はふたりで結成したアイドル活動研究部始動の日と言ってもよかった。
　顧問の雛鶴 さゆり先生を通して学校の許可を貰い、部活勧誘ライブを行えることになったのである。
「あいおちゃんの初ライブですわね」
「実現したのは夢乃が先生に頼んでくれたおかげですよぉ」
「いえいえ、大したことはしておりませんわ」
　先生や学校側との折衝を行ったのは夢乃であった。
　たくさんの方に見ていただくため、場所は昇降口から校門までの道とした。
　音響の機材については、夢乃のポケットマネーで用意することもできたのだが、敢えて学校の機材を借りた。先輩たちが使い込んだ機材の数々は、あちこち擦れていたりステッカーが貼ってあったりとやや年季が入っていたが、それがまたいい。
　音響に詳しい放送部のみなさんに使い方を聞き、スピーカーの配線作業をしていると、さゆり先生が様子を見に来た。
「お疲れさまです！　準備は順調ですか？」
「はい、お陰様で。いろいろ心もとないところはありますが、初めてのこと。失敗しても構いません、この機に学べればと思っております」
　夢乃の答えにさゆりは心からほっとしたように顔を綻ばせる。
「一曲目は全校放送で流して場所を知らせる予定でしたよね。校長先生の許可はいただいているので、思いっきりやっちゃってくださいね！」
「「はいっ！！」」

　時間になった。
　ステージに立つあいおは今日はMewTuberグループあいおシスターズのときのような猫耳和風メイドな衣装ではなく、いつものパーカーに制服というスタイル。
　マイクを持ち深呼吸するあいおの姿に、音響や呼びかけを担当する夢乃も口元を引き結ぶ。
　キューを出すと、あいおの明るい呼びかけからスタート。
「こんにちはー！　アイドル活動研究部です！」
　あいおの声は校内放送に乗って学内へ響き渡る。
「アイドルになってみたい！　アイドルを応援したい！　あいおたちは、そんな想いを叶えるために新しい部をつくりました！　まずは知ってほしいですわ！」
　東門前でライブをしていることを伝え、あいおは夢乃に目配せする。
　夢乃は目顔で頷くと、１曲目として選んだあいおがMewTubeで配信している曲を流す。
　近未来的なトランス風のイントロ。
　自然と動く体。
　あいおはダンスに合わせて歌い出す。
　生のパフォーマンスということで緊張もあったが、大丈夫だ。もう、楽しくなっている。
（いつもはMewTubeで配信しているのでこうやって見せることには慣れていますからね。今はとにかく楽しく、部活に興味を持ってもらえるように！）
　何をやっているのだろうと、足を止めてくれる人が増えてきた。
　校舎からわざわざ走ってきてくれる人もいる。
　夢乃も指先に震えるような痺れを感じて、夢中になっていた。
（あいおちゃんすごい……！　ダンスも歌もダイヤモンドの原石って感じです！）
　一曲目が終わるころには、けっこうな人だかりができていた。
「ありがとう！　アイドル活動研究部、略してアイ活研は新入部員募集中ですわー！」
　続けて２曲目！
　３曲目！
（まだまだ！）
　あいおのパフォーマンスは曲を重ねるごとに熱く、元気になっていく。
　曲と曲との間に、夢乃が足を止めた人たちにチラシを配り、部の案内をしていた。
「歌やダンスなどのパフォーマンスをメインに、イベントなどにも参加しますよー。普段はパフォーマンスに向けての練習や体力づくり、衣装や演出についての相談、あと好きなアイドルについて語り合ったり……ね、楽しそうでしょ？」

　こうして、アイ活研の初ライブは盛況のうちに終了した。
「あ゛ー……疲れました。配信でもこんなに連続で歌わなかったですよぉ」
　あいおは手団扇で額を仰ぐ。
「お疲れさまでした、あいおちゃん」
　夢乃がペットボトルのミネラルウォーターを差し出すと、あいおはそれを一気に喉に流し込んだ。
　ふう、と人心地つくと、夢乃を見つめる。
「ありがとう夢乃。僕が一人で立ち上げた部活に来てくれて、今日も裏方を全部引き受けてくれて……これからもよろしくお願いします」
「そんな、頭を上げてください。私、あいおちゃんと出逢えて本当に良かったって思ってるんですよ」
　固く握りあった手と手の上に、もう一つの手が重ねられる。さゆり先生の手だ。
「私も混ぜてください。顧問ですから！」
　三人は顔を見合わせあう。
「改めて、部長喜矢武あいお頑張ります！」
「あいおちゃん……こちらこそよろしくお願いいたします！」
「私も初顧問頑張ります！」
　えいえいおー、と重ねた手を空へ持ち上げるとさらに結束が固まった気がする。
　ところで、と夢乃はさゆり先生に話しかけた。
「先生にはもう一つお願いがあります。顧問のお仕事については、私たちも初めてですから説明することができません。他の部を見学して学んできていただきたいのです。先生にとってもきっと得るものが大きいはずです。よろしくお願いします」