あなたの放課後｜リアクション

あなたの放課後

――放課後ヒーロー戦記――
　動揺が、悔恨が、風雲児轟の本来の姿を白日の下に晒していた。
　女の割れた仮面から覗く素顔が、轟のよく知る人物だった。
「彩華……？　どうしてお前がそんな格好を……」
　轟と親しい仲である、彩華紫乃愛。
　なぜ、轟に敵対するのか。分からなかった。

　時間は遡る。
　轟は自分の下駄箱の中に手紙が入っているのに気付いた。
　まさか、これがあの噂に聞くラブレターかと、意気揚々と開くと、

『あなたの正体を知っている。口外されたくなければ放課後変身して校舎裏へ』

　簡素な白紙に、几帳面な字体でそう綴られていた。
　一体どこで自分のことを知ったのだろうかという思いと、相手の目的を聞かなければという考えがない交ぜになり、今日一日気が気でなかった。
　そうして迎えた放課後、呼び出しに応じてみれば、そこにいたのは黒の衣装を身に纏い、仮面で素顔を隠し、棒鞭を持った女だった。
「遅かったな、ザ・ストレイト。いや、風雲児轟が正しいかな？」
　仮面から漏れるくぐもった声音のせいで、轟には目の前の女が誰だか特定することはできなかった。
「お前の目的は何だ！！」
　呼び出し人が女であることに、多少面食らったがすぐに気を引き締める。
「私か？　私は――貴様のような正義を狩る者である」
　同時に振るわれた棒鞭の威力が、女が相当の使い手であるということが容易に窺い知れた。
「正義を狩る、か」
　轟――ザ・ストレイトは一人ごちる。
「俺は正義の味方してる気はないんだが、お前のような奴を放っておけば島の皆に迷惑がかかる！」
　気を引き締めなおすように、ザ･ストレイトは構える。
　女も呼応するように緩やかに構えた。
「だからこそ……お前は全力で止める！」

　始まった戦いは、辛うじて轟の勝利で終わったが、残った傷跡はとても深いものだった。
（ごめんなさい……私はどうしても）
　遠くから憧れているだけでもよかった。
　彼に活躍して欲しいから、彼が光り輝く為だったら自分は泥を被ることも辞さないから。
「ごめんなさい、私は悪に落ちたの」
　紫乃愛を見る轟の蒼白の顔が痛ましかった。
　その顔を見るだけで、心が抉られるような痛みを訴える。
（もう……後戻りは出来ないわね）
「だって、正義には悪が必要でしょう？」
　折れそうな心を叱咤し、紫乃愛は歪な笑みを浮かべた。
　それに轟は弾かれたように声をあげる。
「正義に悪は必要って……」
　しかし、声にいつもの力は無い。
　紫乃愛の思惑は間違った方へと進んでいた。
　本来ならば悪を挫く為に燃える轟の姿が見たかったのに、今はどうだ。
　轟を追い詰めている。
　でも、後戻りはもう出来ない。そう決めたから。
「轟君……いえ、ストレイト。次にこうして合間見えたとき。私は、貴方を――狩るわ」
　そういい残し紫乃愛は轟の横を通り過ぎた。
「お、おい……」
　動揺して呼び止めることも出来ない轟に、振り返りもせず紫乃愛は立ち去っていった。
　紫乃愛の背中にかかる、轟の「どうして」という言葉がずっしりと重くのしかかる。
「ごめんなさい、でも、もう決めたから」
　誰に聞かせるともなく呟いた。
　沈む夕日がとても眩しく、紫乃愛の視界はぼやけてしまう。
　決して、罪悪感から涙を流しているわけではない、そう自分に言い聞かせ続けるのだった。

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