【新年度】サクラサク、ひとつ大人になる四月｜リアクション

【新年度】サクラサク、ひとつ大人になる四月

●放課後の風景・その１

　ホームルームが終わると、生徒たちは支度をして三々五々に教室を出てゆく。
　そんな中、薄野五月はまっすぐ教卓へ向かった。視線の先には書類の束を整理中の久保田美和先生がいる。すぐに生徒に恋愛相談するみっちゃん先生。片付けも苦手で、どこか残念さが漂うみっちゃん先生。そんな姿を目の当たりにしてきた五月としては、先生というより少し年上のお姉さんのような親しみを感じている。
「みっちゃん先生、三年生もよろしくお願いします」
「五月ちゃん。こちらこそよろしくねー」
「学年主任なんですね」
「そうなの！　私に務まるか超不安！　相変わらず至らないところだらけかもしれないけど精一杯頑張るね」
「頑張ってくださいー。私はまたみっちゃん先生のクラスになれて嬉しいですよ。みっちゃん先生のコイバナもどんとこいです！」
「ありがとー！　いい生徒に恵まれて、私、幸せ！」
　五月は、ふっふ、と口元を緩ませる。
（でも、本当に。最終学年がみっちゃん先生のクラスで、本当に嬉しいなって思います。最後の一年、楽しいものでありますように！）

◇

　３年生になった邪衣士の放課後は忙しい。
　部長を務める探検部の部室の掃除。備品の点検。勧誘用の着ぐるみの手入れ。
　そして今、校内に「部員募集！」のポスターを張ったところだ。
「ふぅ」
　ポスターが曲がっていないのを確かめて、満足げに額の汗をぬぐう。
　汗をかくほど暑い季節だったろうか、と疑問に思うかもしれないが、彼は暑いのだ。
　何しろ制服の上から熊皮を装備しているのだから。
「次はボクシング部と水泳部か」
　ボクシング部の方は最近サンドバック叩いてなかったからしっかり勘を取り戻さないとな、と思う。
　あと牛瀬先生にも挨拶しよう。
　水泳部も、掃除の手伝いだけになってしまうかもしれないが顔を出しておこう。
　それが終わったら、住まいである猫鳴館に戻って、入寮希望者を集めて寮案内だ。洋室の新館か和室の旧館かを選んでもらって、早々に部屋割り表を作らねばなるまい。ねずの話やあかずの間、訳の分からない面白い事件の話をしてやりたいし、菜園と鶏小屋の説明もしないといけない。
　猫鳴館は寮母などを置かず完全に学生の自治で運営している。彼自身、自治会長を務め、その後監査としてかかわって来た。今は一応監査からは退いてるとはいえ自治活動はまだまだ現役だ。
（あとは地下に面白い場所――俺たちは『地下帝国』って呼んでるところがあることも伝えないとな！）
　などと思案していると、ツインテールの女子に声を掛けられた。
「あのー、すみません。校内で迷ってしまいまして。部活の見学に行きたいのですが……」
　校章と靴のラインの色から察するに１年生だ。
「ん？　新入生か？　探検部どうだ？　ボクシング部と水泳部も部員募集中だぞ」
　突然勧誘して来た熊皮を被った先輩に仰け反りつつ、花咲夢乃はいえいえ、と両手を振った。
「アイドル同好会、というところに行きたいんです」
「アイドル同好会？　……うーん、そんな部あったか？」
　士が知らないのも無理はあるまい。出来立てほやほやの同好会、いま絶賛メンバー募集中という活動のひとつである。変わり者の多い寝子高では、誰かがやってる知らない活動はごまんとあるから、士は自分が知らなくてもあまり気にしなかった。新しい人が入って来て、新しい活動が増えるというのは喜ばしいことだ。
「部室棟行ってみるなら、一緒に行くか？　俺も戻るとこだから」
「はい！」
　なんて優しい先輩なんだろう、と夢乃は感激した。
　熊を被って見た目はちょっと変わっているけれど、人は良さそうだ。
「ところでマジで探検部興味ないか？　今年は鈴島あたりに探検に行きたいと思ってるんだ。あの島は遺跡があったけどなんか他にないか探索してみるのも悪くなさそうでさ……」
　そう言いながら、士は部室棟とは逆の方へ歩き出す。夢乃はよく分からないままついていく。
　その後、夢乃は士の迷子体質を知ることになる――。