【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　親方日の丸だとか、公務員は気楽な稼業だとか最初に言い出したのは誰なのか。あるいは税金泥棒だとか。
　現実はこれである。本日も年度末進行、ばっちり残業して退勤は夜の八時すぎ、ここ数日の平均からすれば早いとはいえ今日はそもそも閉庁日の土曜日なのだ。それでいて毎月振り込まれるものは、地方公務員らしくペラい薄給と来ている。よく揶揄されるお役人天国というのは、どこかファンタジックな異世界にあるフィクションなのではあるまいか。
　さてそんな総務課の仕事もあと数日で終わりだ。いわば現在は店じまいセールの真っ最中と言えよう。
　四月からは仕事が変わる。がらりと変わる。
　三折部朝衣は勤務三年目、人事異動の対象だった。
　異動の内示が出たのは二週間前だ。
　受け取ったときは耳を疑ったものである。
　町長室付秘書。
　いわば権力の中枢への異動なのだった。控え目にいってもジャンプアップで、もう少し俗っぽい表現でいえば大抜擢ということになる。白羽の矢にしても立ちすぎだ。
　内示を告げた課長は多くを語らなかった。しかしこの異例すぎる異動が、中沢町長じきじきの指名であることはまずまちがいあるまい。
　高卒で役所勤務わずか三年の自分が町長室付の秘書って、一体なにが町長に気に入られたの……？
　むしろ不安すらあったものの、それでも朝衣はつつしんでこれを受けることにした。
　周囲からは観光課への異動が噂されていたし自身、期待してもいた。けれども秘書として町長にじかで仕えるのも、いい経験になると確信したからだった。
　行く手が霧におおわれた長い吊り橋に挑むようなものだ。
　恐いが、渡りきった先が楽しみでもある。
　クリーム色のパンプスをはいた足で歩く。
　もうだいぶ靴の爪先が痛んでいる。ゴムがはげかかって中身が出そうだ。いい加減買い換えたほうがいいだろう。四月までにはなんとかしたい。
　けれどこの爪先みたくすっかり疲れ切ってるのに、朝衣はなぜかまっすぐ旧市街の自宅に帰る気になれなかった。
　ようやく明日は休み、なんとなく役所から寝子島街道へ足を向けた。
　夜の桜並木はライトアップされている。
　もう、そんな季節か……。
　照らされる桜と空の月が織りなす光景に思わず目を奪われる。
　この前、大雪が降って大変だったのに、嘘みたい。
　降っているのは粉雪ではなく桜の花弁だ。