【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　ここって、どこだったかな。
　場所としては理解している。桜が綺麗な公園だ。自宅近辺にある。
　だけど正確な場所は説明できない。公園の名前もわからない。どうやってここに来たのかという道順だってたぶん覚えていない。
　近場の公園にいるのだ。草むらにレジャーシートを敷いて寝転び、大きな桜の樹を見上げているのだ。飼い猫の花遊がすぐ隣にいる。空は、吸い込まれそうな青い色。はっきりしているのはそれだけだ。
　それでいいじゃないか。
　それにしても――。
　――桜の木を見上げてると……眠くなるなあ。
　万条幸次はなかば目を閉じて、舞い落ちてくる桜の花を顔で受けた。
　枝が覆ってくれるおかげで太陽も眩しくない。桜の花を透かして、うすく淡い光をもたげてくるだけだ。まぶたが重くなる。舞台劇のカーテンみたいに下りてくる。

　いけない、お花見なのに寝るやつがあるか！
　と起き上がろうとしたのだが、困った。
　目が開かない。
　体も動かないじゃないか。
　なのに周りの音だけはっきり聞こえる。それはもう、草木が風に揺られる音すら明瞭に。
　ますます困ったぞ。
　これって金縛りかな？
　だとすれば……。
　万事休す、か。
　…………。
　泰然としてきた。恐れや焦りは消えている。
　これはどうにもならない。肚（はら）をくくるほかなさそうだ。しばらくはこのままだろう。
　金縛りというのは寝ぼけているようなものなので、一定時間が経てば自然に解けるとどこかで聞いたことがある。いざとなれば花遊がひっかくなり飛び乗るなりして、この状態を破ってくれるかもしれない。
　だったら開き直って、これからどうなるか観察してやろう。目が開かないのに『観察』というのも、よくよく考えれば変だけど。
　なにか聞こえるな。
　かさこそいってる。
　ああ、花遊がシートの上を歩いている音か。
　やれやれ、のん気なもんだよ。飼い主の俺がこんなことになっているとも知らないで。
「初めましてお姉さん、一緒にオヤツどう？」
　誰の声だろう？　若い男性っぽい。
『あらあら……私はおばあちゃんよ』
　また声。これも誰だ？
「マジで？　綿みたいなふわふわの毛並みも、空みたいな色の目もめっちゃキレイじゃん！　同い年だと思ったわー」
　なんだこの男、調子いいこと言ってるよ。ケーハクなやつだなあ。
　いや、待てよ。
　毛並みがどうとか？
　というかこの声近すぎない？　まるで俺が寝転んでるレジャーシートの上からするみたいな。
　――驚くほどのことでもないか。幸次は内心苦笑した。
　実は最初からピンときていた。考えたのは頭を整理したかったからだ。
　花遊、またナンパしてるのか……。一体何歳の猫に。
　若いオス猫だけに仕方がない側面はあるとはいえ、ちょっと見境がなさすぎではないか。
　相変わらず幸次のまぶたはハマグリみたいにぴくりともしないが、それでも大体の光景は想像ができた。どうやら花遊は、寝ている（ように見える）幸次にあごをしゃくってみせたらしい。
「そっちで寝てるのは幸次！　オレの弟な」
　おい、弟って！　猫年齢二歳がなにを言う！？　まあ人間年齢に換算すると二三歳くらいだろうけど……。
　驚いたことに、『お姉さん』はうなずいた様子だ。
『ええ知ってるわ。昔会ったことがあってね』
　俺の知り合いにそんな猫いたっけ。
　ふわっ、としたものが幸次の頬をなでた。
　つづいてひやりと湿った猫の鼻がおしつけられる。さらにふわふわの頬。ざらっとしているのはヒゲのあたりか。もふもふ、ぐりぐりと頭をおしつけてくるのがつづいた。猫の愛情表現だ。
　それにこの匂い――知ってる。
　俺、この猫を知ってる！
　懐かしい気持ちに胸が詰まった。
『大きくなったのね、幸ちゃん』
　間違いない。
　花遊としゃべっているこの猫は花見……もういないはずの、大切な家族だ。
　なんでこんなときに動かない！　俺の体！
　悔しくて仕方がない。それでも指一本動かせない自分が不甲斐ない。
　膝に乗せて思いっきりなでてあげるんだ。
　お別れの言葉は言えないままで、一緒に桜見る約束もまだやってないんだからっ――。

　限界まで引っ張ったゴムがちぎれるように、幸次はがばっと起き上がった。
「あ……動けた……！」
　言葉が口をつく。よほど力を入れたせいか、肩で息をしている。
「花見……！」
　だが隣にいるのは花遊だけだ。「なんだよ？」とでも言いたげな表情でこっちを見ている。花見はやっぱりいなかった。
　ああ。
　どさっと幸次は横たわった。もう眠気は吹き飛んでいる。
　試してみたが何度目を閉じてももう、金縛りは訪れてくれなかった。
　きっと、また会えるかな……あれは夢じゃなかった。
　見上げた視界には桜と、こちらをのぞき込む花遊の顔しか映らない。
「って花遊こっち見るな、泣いてない、泣いてないから！」
　幸次は左手で花遊を払いのけ、右の袖を目にこすりつけた。

　――『逢ひ見んことは命なりけり』　了

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あとがき

担当マスター：桂木京介
ファンレターはマスターページから！

　すべての参加者様に厚く御礼申し上げます。
　長いリアクションになってしまってすいません。桂木京介です。

　リアクションはおおまかにいって、
　【Ｂ】寝子ヶ浜海浜公園でお花見イベント
　【Ｄ】寝子島街道の桜並木
　【Ｃ】桜川
　【Ｅ】桜の精と小さなお花見
　の順になるように時間軸に沿ってならべ、合間合間に、
　【Ａ】自由にお花見
　を挟み込む構成をとっています。
　ですが都合により並べ替えている部分、前後している部分があることをご了承下さい。

　キャラクターによっては登場箇所が数カ所にわたり、しかもそれぞれのページが大きく離れている場合もあります。
　長いリアクションで申し訳ないですし全部読んでいただく必要はありませんが、「つきあってやるかー」程度の気持ちでのんびり探していただけると幸いです。
（キャラクターによってははっきり名前を表記せず、通行人のように存在を匂わせているだけの登場方法をとっているページもあります）
　
　毎回言っていますがご意見ご感想は私の原動力です。切にお待ち申し上げております。
　それではまた会いましょう！　桂木京介でした！

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