【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　小鳥のさえずりが、ちちちと耳を撫でてくれる。
　指を伸ばし、カチリと時計の頭を手で押さえた。
　まだ外は暗い。ようやく日が昇りはじめたところだ。
　目覚まし時計より早く朝を迎えることができた。今朝も。
　よし。
　けれど上には上がいるもので、着替えて森篠琳子がリビングに入ると、炊飯器からのぼる湯気、炊きたての白米の匂いが待っていた。
「早いね」
　コンロのフライパンに向かいつつ、振りかえりもせずに母親が言う。
「じきに社会人だから」
　と言って琳子は長い髪を背で束ねると、さっそく手を洗って母親にならんだ。
　背丈ではとうに追い越した。
　でも、まだ。
　家事炊事の手際のよさ、向き合う気持ちでは母には及ばないと思う。
「玉子焼き作るよ」
　冷蔵庫から卵を三つ取りだしてボウルに割り入れる。味付けは白だし、昨夜おひたしにしたホウレン草を刻んで混ぜるのが森篠家スタイルだ。菜箸をつかって混ぜ合わせる。卵はよくかき混ぜたほうが空気が入ってふんわりおいしく焼ける。だから一生懸命泡立てる。
「おはよー」
　やがて寝ぼけまなこをこすりながら妹が入ってくる。もうずいぶん小さくなったパジャマから腰のラインが見えていた。
　お弁当？　手伝うよと妹は言うが、いいから顔を洗ってきなと琳子は洗面所を指さす。
「姉ちゃんたちに任せてくれていいから」
　そう。いいんだ、任せてくれれば。
　こんな日々をすごせるのも、あとわずかのことだろうから。
　就職したら、しばらくは新人研修だの何だので忙しくなる。
　妹は寂しがるだろうが、これも母子家庭となった家族を支えるためだ。そう自分に言い聞かせながら、琳子は卵をかき混ぜる。

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