【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　しずかな古刹。
　去年もここを訪れた。
　寺の敷地にある小さな公園だ。
　お寺には及ぶまいが公園もずいぶんと古い。遊具はあるがなかば朽ちて赤茶けていて、ものがなしくもどこか情緒のある姿だった。片隅には、相当な老木となる桜の樹がひとつ。
　雑草は抜かれており歩むに不自由はしない。
　ぽつんと置かれたベンチに都府楼暦は近づく。

「こんにちは」
「おや、こんにちは」
　ベンチの女性が暦を見上げた。白いレースの日傘、品の良いご婦人だ。暦の両親よりはずっと歳上だろう。といってもお年寄り呼ばわりは失礼にあたりそうな妙齢、目元には小じわがあるものの、いい歳の取り方をしていると見えた。
「あなたもお花見ですか」
　婦人が尋ねる。
「はい。今年は、昨年よりずっと花がつきましたね」　
　ああ、とするとあなたですか、と女性は言った。
「この桜の手入れをされていたお若い方というのは」
　昨年この公園を見つけて以来、暦は老僧の許可を得て桜の世話をはじめた。剪定、害虫の駆除、ついでに周囲の草むしり。定期的に通ってケアしたおかげか、くたびれた様子だった桜は息を吹き返した。今年は昨年に増して、立派な花を咲かせている。公園そのものもずいぶんときれいになったものだ。
　隠すこともないだろう。素直に暦はうなずいた。
「ええ」
「ありがとうございます。私、近所の者なんですけどね……桜もきっと喜んでいますよ」
　婦人は立ち上がり、「よかったらどうぞ」と桜餅の入ったパックを取り出した。
「お花見用に買ってきたのだけど、ついうっかり主人の分まで買ってしまって。だめね、もう亡くなって二年ちかくなるのに」
　遠慮しようとした暦に、彼女はどうぞとパックを手渡した。
　断るのも悪い気がした。それに、桜餅は好物でもある。
「ありがとうございます。いただきます」
「ではまた……どうぞゆっくりしていってね」
　女性は一礼して去って行った。後ろ姿にも品がある。
　意外なものをいただいてしましました。
　せっかくだからお茶でも買いましょう。
　近くに小さな商店がある。公園を出て向かう。その途中で、
「そんなこと知らぬ！」
　大きな声が響いてきた。
　聞き覚えのある声――角を曲がると、
「九鬼姫さん？」
　九鬼姫が邪険に大きく手を振り、誰かに背を向けようとしているところに出くわした。目を怒らせ野良犬でも追い払おうとしているような様子だ。尋常ではない。
　相手にも見覚えがあった。
　あれ？
　冬の発砲事件のときに、病院へ送ってくれた老刑事さん？　　
　がっちりした体型、人の良さそうな顔つきにフサフサの白い眉毛、外国の刑事ドラマみたいな、いささか季節外れなステンカラーコートを着ている。
　対する九鬼姫といえば、ロングTシャツにカーディガンという、おおよそ戦国時代出身とは思えないいでたちだ。ついでに言うとキャバ嬢にも見えない。
　傍観しているわけにはいかないだろう。
「どうしました九鬼姫さん？　それに刑事さん」
　先日はお世話になりました、と暦は吐前亀二郎（はんざき・かめじろう）刑事に会釈した。