【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　おろしたてのスニーカーを履いている。背中のリュックも新品で、まあたらしい良い匂いがしていた。今日は前髪の跳ねっ返りがなかなか収まらず、やはり買ったばかりのベースボールキャップをかぶっている。
　寝子島の春って、聞いてた以上だな。
　羽奈瀬リンにとっては見るもの聞くもの、この島のすべてが新鮮だ。
　お祭り好きの島だと聞いていた。年中いろんなイベントがあって、色んなかたちで盛り上がっていると。
　でも百聞は一見にしかず、来てみて本当に驚いた。
　これほどにぎやかだなんて――！
　花ざかりというパラシュートが落ちてきて、いっぱいにひろがって寝子島を丸ごとつつんだかのよう。いたるところに桜の樹があり、競い合うように美しい花を咲かせている。
　ほうぼうに花見をしているグループが見られた。目立つのは親子連れ、だけど酔ってひっくりかえっているおじさんもいれば、ボーイフレンドに膝枕されている女の子もいた。屋台や出店もいっぱいだ。
　でも歩くうちに気がついた。けっして派手なだけじゃない。
　アーチみたいに左右から花びらを降らす桜があり、山を薄桃に変える山桜もある一方で、ひっそりとたたずむ、一本だけの桜も凜とした風情をかもしている。
　お花見の人々も、よく見れば一様じゃない。
　もちろんはしゃいでいる人たちは多い。桜川の川原では、三十人くらいで大規模なバーベキューパーティをしているグループも目にした。立ち寄らなかったが海浜公園では、プロのミュージシャンも出演する野外ステージも開催されているという。
　でもその一方で、しずけさに包まれながら花と対峙している人や、数匹の猫に囲まれ幸福そうなお姉さんもいた。
　地図で見れば小さな島なのに、本当に多様なんだ。
　それが寝子島、神様が落ちてきたという伝説をもつ世界の姿なのだろう。
　異世界――星幽塔にも通じているというし。
　きっとそこには彼女がいる。ほしびとのあの子が。
「……」
　リンは足を止めた。交差点のところで。
「えっ……？」
　名前を呼ばれたような気がしたのだ。
　あの子……かな？
　淡い期待をいだき、耳を澄ませるがなにも聞こえない。
　じゃあ幻聴？　でも、ある方向に引きつけられるような力を感じた。
「あっちは寝子島中学だけど……病院のほうかな」
　寝子島総合病院、リンの祖母が定期的に通院しているところだ。書を覚えるため、もともと立ち寄る予定があったので好都合でもある。
　病院に近づくほどに引き寄せる力が強まるように思えた。
　徒歩はやがて早足になり、早足はいつの間にか小走りに変わっている。
　やっぱり、ここだよね。
　病院の門をくぐり庭に入ったとたん、リンははっきりと聞いたのだ。
「こっちだよ」
　と呼ぶ声を。
　桜の樹がある。その根元だ。
　よしと駆け出そうとして突然、リンは身体が浮き上がるような感覚を抱いた。
「……？」
　世界がぐんぐんと大きくなる。病院の窓が数倍に、桜の樹だって霊峰のように。
　ちがう、僕のほうが。
　小さくなってる……！？
　なのに視点は変わらない気がする。ああそうか、なんのことはない自分の背には羽根が生えており、これをパタパタ動かして浮かんでいるのだった。
　それだけのことか、と納得しかかったがすぐに冷静になる。
　それって大変なことじゃない！？
「まってたよ」
　こうなったらもう驚く必要はなさそうだ。　
　目の前に桜色のワンピースを着た妖精が飛んできたって。
　背に羽根があるのは現在のリンと同じだが、とくに根拠はないものの、彼女は妖精だとリンは確信した。
「あの……これ、あなたのしわざですか？」
　うん、と妖精はこたえた。
「わたし、さく。桜の精の、さく」