【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

「えーと……」
　この人誰？？
　戸惑いと混乱で華露蘿の口から言葉が出てこない。
　若い女性だが見覚えがない。ブレザーに眼鏡、かるくウェーブのかかった長い髪――。
「あっ、紗央莉さん！？」
　キャバクラ『プロムナード』のトップだ。いまはオフなのだろう。
　夜の顔とはメイクから雰囲気からまるっきり違っていたので気がつかなかった。
　夜の紗央莉はゴージャスの一言だ。髪なんて巻きに巻いているし、ぱっちりメイクにしているおかげか目力がすごい。淡いピンクのリップも顔立ちも、間接照明映えするくっきり感が基本だった。
　ところが昼間の紗央莉のメイクはずっと薄く、強調していないおかげか案外に垂れ目だとわかる。キラキラした服装ではなく、紺を基調とした上下もどちらかといえば地味だ。それでも美人は美人である。レコードでいうA面とB面のちがいといったところか。
「うん」
　こういう反応には慣れっこなのだろう、とくに紗央莉は不快感を示さない。チェアをずらし、華露蘿からみて三時の方向に移動して、
「いいわよね……ああいうの」
　ため息まじりに告げた。
「もしかして紗央莉さんも……？」
「うん。あのカップル見てた。そしたらあんたに気づいて」
　これまた意外な言葉だ。
　っていうことは、紗央莉さんも、あんな風にプロポーズされたい願望があるのかな？
　でも、下手なこと言ったら地雷踏み抜きそうで怖いなあ――。
　なので華露蘿は当たり障りのない回答を選ぶことにする。
「そうですね、いいですよね」
「ちょっと憧れる……」
　やっぱり！　と思ったがそれを口にしないだけの用心深さは華露蘿にもある。
　先日、『プロムナード』がひけてから、華露蘿と紗央莉、そして泰葉という組み合わせでラーメン屋のカウンターに座った夜のことが思い起こされる。
　あのとき、紗央莉さんなんか荒れてたなあ――。
　将来どうする気よあんた、なんて泰葉さんに絡んだりして。
　そのとき泰葉さんが、「大学に入りたいと思ってるって」言って驚いて、そしたら紗央莉さん、なんか急に黙っちゃって……。
「あの」
　おそるおそる華露蘿は言う。
「ボクでよければ、お話お聞きしますよ」
　珈琲に波立つ……波紋。
「なんの話よバカ」
　いきなり紗央莉は痛烈だ。でも、
「あんたは基本は昼間の仕事だからいいじゃない？　でも、私らはあと何年もこの商売やってられないわけでね。だからこの先……」
　と言いかけて紗央莉は席を立った。
「そういやあんた仕事中じゃないの？　ほら、油売ってないで行った行った、馬車馬のように働いてきな。っていうか私ももう行くし」
　バッグを肩にかけて足早に立ち去る。よく見るとバッグはブランド品だ。それも、目の玉が飛び出るほど高級の。
「あ、はい。じゃあ、さよなら……」
　この日紗央莉を呼び止めなかったことを、華露蘿は後悔することになる。

　のちに紗央莉が行方不明になったからだ。