【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　文具業界も忙しいのだ。
　それもそのはずだもうすぐ新年度、企業官公庁学校にいたるまで、春秋の半期末は大きな需要時期なのだから。
　特に三月末はビッグウェーブだ。つまり、この時期だ。
　豊田華露蘿はお得意様からの急な依頼にこたえ臨時の土曜出勤中である。とはいえ忙中閑あり、なんとか納品を終えて遅めのランチタイムに入っていた。
　桜並木を抜けオープンカフェに席を見つける。

　そういえばここ、と椅子を引いて思う。
　去年のこの時期も来たんだっけ。
　一年ぶりのお花見も、同じ場所になったということかあ。
　あの日もいい天気だった。桜はこぼれ落ちそうなくらい満開だった。しいて言えば去年より、今年の桜のほうが爛熟というか、散りはじめの時期が早い気がする。
　運ばれてきたのは旬のアサリのスープパスタ、玄米パンとシーザーサラダ、淹れたてコーヒーのセットだ。コーヒーにミルクや砂糖は入れない。
　今年はスケッチブックもないので、静かにパスタにフォークを入れる。
　歩道に面したロケーションのせいか、桜は桜でいいのだけれど、ついつい通行人に目が行ってしまう。
　あっ。
　さっそく華露蘿は、見覚えのある姿に気がついた。
　あれは去年、鼻の頭に桜の花びら乗せて走ってたお兄さん？
　上下スーツのネクタイ青年だ。昨年の記憶では、ずいぶん余裕がなさそうだった。見えないゼンマイが背中についていて、うんと巻かれたばかりのようなイメージだった。
　でも今日はちがう。ゆったりしていた。
　後輩らしい若い子連れて堂々としてるねえ。
　外回りの最中かな？
　若い子は彼に、しきりと頭を下げていた。
　でも彼の表情は、けっして厳しいものではない。むしろ包み込むような笑顔だった。
『気にすんな。次は注意しろよ』
　とか言ってるみたい。
　ミスした後輩のフォローしてるのかな。そんな感じだ。
　ずいぶん成長したじゃないの。
　親のような気持ちになって、ふふと華露蘿は微笑した。
　まるで華露蘿の到着を待っていたかのよう、しばらくするとまた、見覚えのある姿が通りかかった。
　あ、こっちは去年の学生っぽいカップルさん？
　カップルは華露蘿と同じカフェに入ってきて、ほんの少し先のテーブルに向かい合って座った。
　わざわざ華露蘿に見えやすい位置を選んでくれたように見えてしまう。
　だとしたら見届けましょう。
　男の子のほうは真剣そうな表情だ。ティーカップが運ばれてくるもそこそこにして、はっきりと彼女の目を見て語りかける。
『大事な話』とか聞こえたぞ？
　その割に、今……一瞬、女の子の谷間見てたのはボク見逃さないけどね。
　まあこれはご愛敬ということで。
　間もなくクライマックス。
　って、小さい箱出たー！
　指輪ktkr（キタコレ）！！！
　彼女は照れながらも受け取った。
　立ち上がって拍手したい気持ちの華露蘿だけど、もちろん祝福は心中にとどめた。
　プロポーズ……成功っぽいねえ。
　だからって、すぐに谷間に視線がいくのは、おねーさんどうかと思うぞ？
　くふふと内心笑いながらコーヒーカップをもちあげたところで、
「あんた暇そうね」
　と背後から声をかけられた。華露蘿はびくっとする。
　って？
　見知らぬ女性が問いかけの言葉もなしに、華露蘿の正面の椅子を引いて腰を下ろした。