ここであらためて滝原家の現状について説明を加えたい。
　つまり滝原レオンとレオナ、そしてカノンについてである。
　あまりおおっぴらにできない話であり、実際おおっぴらにしたところで大抵の人間には信じてもらえはしないだろう。でも説明する。
　レオンとレオナはそもそもひとりの人間だったのだ。
　
　先に描いた恵御納夏朝と夏夜と同じだ。とある事件がきっかけで、レオンはレオナと分離したのだった。
　現在は表向き、双子の兄妹として同じ屋根の下に暮らしている。
　世界はつじつまあわせを行っていた。
　すなわち、戸籍などの記録や周囲の人たちの記憶は一瞬で『レオンとレオナは昔から一緒だった』と改ざんされたのである。あまりにナチュラルに書き換わったものだから、当初はレオンも周囲の反応に戸惑ったものだ。
　なんのかんの言ってレオナはレオンの要素を引き継いでいる。心理学の用語でいえばアニマみたいなものだから、レオンはわりと抵抗なくレオナの存在を認めることができた。
　それでめでたしめでたし、とはいかなかった。
　……なんでカノンだけ記憶がそのままなんだ。
　その事実を知ってレオンはうめいたものだ。
　実弟のカノンだけはなぜか、記憶が改ざんされず以前のままになっていたのである。
　すなわち、
「突然姉ができたとか言われても困るよ！」
　というのがカノンの実感なのである。そりゃあそうだ。
　ある日突然、姉と名乗る人物が現れたわけだ。しかも昔から、それこそカノンが生まれるより前から同じ家に暮らしていたことになっている。簡単に受け入れられるものではないだろう。
　必死にレオンは説明しなんとか状況だけは弟に認識してもらったものの、認識と納得は別である。正直、まだカノンはこの変化を受け入れたわけではない。それはいまの弟の様子を見るまでもなく明白だ。
　――だから、レオナとカノンの仲はちょっとばかりギクシャクしてるんだよな。
　申し訳ない。
　でも、なじんでもらうしかない。
　ここは歳上、レオナに歩み寄ってもらうのが得策と考えたい。
　でもレオナはそもそも我が身の分身なのだ。レオンには、レオナの気持ちは手に取るようにわかった。
　どうやって接していいかわからないみたいだよな……。
　レオナにはレオンの、分裂前までの記憶が引き継がれている。当然そのなかには弟との楽しい思い出だっていっぱいあるはずだ。
　俺がそうであるように、レオナもカノンを大事に思っているはず……だけどなあ。
　でも急に抵抗感を乗り越えることは難しいだろう。
　わかる。
　逆の立場だったとしたら、俺も絶対そうなるだろうからな。
　つまりレオナが分裂元で、レオンのほうが新たに生まれた存在だったとしたら……うん、想像するまでもないくらい簡単だ。
　だから困った。
　マジ困った。
　どうしたものか。

　滝原カノンは、自分の気持ちを探っている。
　探り探り歩いている。
　花も見ず川原の散策も楽しまず、水のせせらぎだって聞こえない。
　おれにねーちゃんなんていない。
　そうだ。まちがいない。
　でも、じゃあ、おれと一緒にいるあの女の人は誰なのか。
　にーちゃんと同い歳、そればかりか同じ高校、ていうか男女の双子だって！？
　説明はにーちゃんからたっぷりと聞いた。なるほどなんてカケラも思わなかったが認めるしかないということはわかった。イヤだと駄々をこねてもキャンセルできるわけではないということも。
　でもわからない。　
　まあ、にーちゃんもよくわかってないみたいだけどな。
　なんか事件があって、それがきっかけでねーちゃんは『生まれた』らしい。
　ある日突然、にーちゃんと一緒に家にやってきた。
　それで『今日からレオナはお前のねーちゃんだ』だってさ！
　どういうカラクリなのか、おれ以外の人たちにはねーちゃんは昔からいたことになってるみたいだ。
　つまり、意地張ってるのはおれだけらしい。
　実は嫌ってるわけじゃない。
　正直、ちょっと嬉しいでもある。女のきょうだいがいたら、どんな感じだったろうとか思うこともあったから。
　でもそれは『妹』のつもりだった。『姉』のはずない、しかも血がつながっているとか……ありえないじゃん！？
　でもなー。
　いちおうきょうだいだし、おれは仲良くしたいんだけどなぁ。
　うーんうーん……どうしよう……。

　もちろん滝原レオナも複雑な気持ちなのである。
　探り探り歩いているのは同じなのである。
　う、うぅん……気まずい……。
　カノンつまり『弟』のことはずっと前から知っている。正確にいえば、レオンと記憶を共有している。
　だから同居の祖母のように、カノンも記憶がするっと改訂され、ごく当たり前に自分を環境の一部として受け入れてくれれば問題はなかった。こちらは環境にあわせていけばいい。軟着陸は容易だったろう。
　ところがアクシデント発生！　カノンだけ記憶がバージョンアップできなかったのだ。拒んだのではないと思いたい。なんらかのミスだったのだと。
　なにより私……ていうかレオン？　の知るカノンなら、私のことも姉として迎えてくれるはず。毛嫌いなんてしてないはず。
　だけど……。
　おねーちゃんだよ！　甘えていいよ！
　って両腕を広げて、「いや、いい……」なんて尻込みされたら、ちょっと立ち直れない気持ちもするのだ。
　正直言って、なにかきっかけがほしい。

　最高の花見日和のお昼間なのにレオンを中心とした半径数メートルは、すっかり真夜中なのである。
　しかし明けない夜なんてないのだ。
　あとは空が白むきっかけを探すだけ、なのだろう。