【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　もう花見の季節か、とあらためてクルト・エールヴァールは思う。
　桜前線は絶賛到着、桜川は春爛漫の花ざかりだ。
　こうして川辺に立つと、世界全部が桜におおわれたのではないかと錯覚してしまうほどだった。
　しかしクルトは知っている。桜の咲き始めは散り始めでもあると。この光景ももって数日、やがて葉桜となり、いずれ初夏をむかえるのだろう。
　こうして季節は巡り、あと何回も何万回も、きっと桜は咲いて散る。
　しかし。
　クルトは黄金の髪をかき上げる。
　この春は二度と来ない。
　嘉島和穂と想いが通じ合い、晴れて恋人となって迎える最初の春は。
「クルトさん」
　どうしたんです、と彼を見上げて和穂が言った。
「あ、ああ……すまない。すこしぼんやりしてしまった」
　感慨深くなってな、と照れくさそうに言う。
「前も一緒に花見をしたと思い出した」
「そうですね、たった一年前なのにすごく前の話みたい」
「あのときは突発的なものだったな」
　昨年の花見とは――クルトは思う。
　まるでちがっている。
　あのときは、彼女とこういった関係になるとは思ってもみなかった。
　でも実際に結ばれてみると悪い気分はしない。いやむしろ、大いに望ましいことになったと思う。望外の幸せだ。
「今年は昨年とちがって、示し合わせての花見だ」
「示し合わせて」
　と素直に繰り返して、くすぐられたみたいに和穂は笑った。
「待ち合わせて、ってことですよね。つまり……お花見デートです！」
「そうか、そうなるな」
　うん、お花見デートか、うん――その語感を舌で転がすようにクルトはつぶやいた。レモンキャンディーみたいに甘くて酸っぱい言葉だ。いいじゃないか。
「楽しみだ」
「ですよね！」
「とくに和穂ちゃんの手作り弁当が」
　きゃ、と和穂は小さく声を上げた。
「そ、そんな期待しないでくださいよ～」
　やはり気づかれてました！　和穂は両手持ちのバスケットを背後に隠すようにした。このシチュエーションでこの荷物、お弁当と想わないほうがおかしいくらいとはいえ、あらためて指摘されると照れてしまう。

「えへへ！　でも、お昼までまだすこし時間があるので」
　すうっと和穂は視線を川に向ける。
　正しくは、川に浮いている手こぎのボートに。
　クルトは察して歩み出す。
「そうだな。ボートに乗ろうか」
「はい！」
　係留所で料金を払い、もやいをとく前にクルトから乗り込んだ。
「思ったより小さいがいけそうだ」
　はい、と和穂は続こうとしたが、体重のかけかたをたがえたか、ぐらりと船体が揺れた。
「わっ」
　足元がふらつく、体がななめに傾いた。
「大丈夫か」
　とっさに両腕をのばし、抱きとめるようにしてクルトは和穂を支えた。
「ごごめんなさい、だっ、大丈夫です」
　胸の奥がじんじんと火照る。
　クルトさん……急にすがったのに、びくともしないなんて。
　頼もしいなぁ。
　偶然とはいえ抱擁される格好になったことにもときめいた。
「すまない。体調が優れなかったのか。熱っぽいように見えるが」
「え、そんなことないですよっ」
「そうか……しかし顔が赤い。無理をする必要はない」
「赤いのは……きっと別の理由ですから」
　別の理由？　よくわからない言い回しだなとクルトは思う。だが本人が言っているのであればそうなのだろう。
「……そうか、ならいいんだ。問題がないなら、構わない」
　ボートは滑るように水面を進む。