【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　桜川の川原は花の名所であって、楽しくすごす場所のはずだ。
　そのはずなんだがなぁ。

　
　滝原レオンは内心、ブルーの吐息をつかずにはおれなかった。
　本日は、三人きょうだいで訪れた。もちろん花見にだ。目標は、わきあいあいと仲良くだ。
　でもそうはなっていない。少なくとも今はまだ。全然。
　たくさんの毛糸がもつれにもつれたような気持ちを表にしないよう、できるだけほがらかに呼びかける。
「おー、今年も満開だな」
　そうだとも。空は青空にして桜ははらはらと降り、花びら浮く川の眺めも最良の状態にある。こんな絵はがき写真みたいな光景、そうそうお目にかかれるものじゃない。
　我ながら実に親しみやすい呼びかけだった。無愛想にならないよう気をつけた。
　これなら返事せずにはおれまいと思った――んだけど。
「………………」
　レオンは右を見た。
　滝原カノンは下を向いている。ずっと。
　来てはいけないところに来てしまった、というような表情。たとえるならば、真っ赤な薔薇を胸にさした白スーツで葬式会場を訪れてしまった感じといったところか。
　レオンは首を左にターンさせた。
　滝原レオナも斜め後方にうつむいたままだ。居心地が悪そう。ロックのライブのつもりで入った会場で、長く単調な現代音楽がはじまったかのような。
「…………」
　頼むよ、と空を仰ぎたいレオンである。
「なあレオナ、カノン？　桜見ようぜ桜？　下ばっか向いてねえでさ？」
　足元ばっかり見ててもお金とか落ちてないぜー、とジョークのひとつもかましてみたが、そんな気の利いたものでもなかったし、もちろん簡単に好転するはずもなかった。
　いや、わかるんだよ、気持ちはな。とくにカノンのほうは。
　いきなりきょうだいが増えましたー。じゃーん、なんとお姉ちゃんです！
　いかに男子小学生といってもカノンは六年生、というかもうすぐ中学生になるのだ。こんな安直な展開をいきなり飲み込めるような年齢ではない。
　そもそもの原因は俺にあるわけだし。
　いやまあ、俺とレオナ、というべきか。
　うーん、でもやっぱり元は俺だから悪いのは俺ということになるか！？
　ああわからない。ああ難しい。
　でもマジすまん！　って思ってる。
　だからなんとかしたいんだ。
　石を蹴って川に落とす。
　ぽちゃん、と水音が立った。
　

　水にくっきり映るのは桜、川に浮いているのも桜の花びら。
　桜を散らした鏡に、満開の桜を写しているかのようだ。
　波紋がひろがって鏡をゆるがす。
　オールがゆっくりとボートを押し出す。
　ボートにはふたりきり、クルトと和穂だ。
「やはり桜はいいな」
　クルトは詠嘆するようにつぶやいた。
　そうですねと応じる和穂に目を向け、小首を傾げる。
「だが、昨年眺めたときよりもさらに綺麗に見える。なぜだろうな……品種が違う、と言うわけではなさそうだが」
　冗談で言っているのではなさそうだ。クルトの青い眼は笑みをたたえているものの、表情はいたって真剣だったから。
　考えがまとまったようでにわかに、「……いや、そうか」と彼は声を上げた。
「和穂ちゃんが一緒だからか」
　謎が解けたからか、すっきりした顔で言う。
「誰と共有するかで物の受け取り方が変わる、と言うのはわかっているつもりだったが、実際に体感するとまた違うな。……なるほど、興味深い」
「そ、そうですね」
　和穂はまた赤面してしまい、まっすぐクルトを見られないほどだ。
「つまり和穂ちゃんは俺にとって、世界をより美しく見せてくれる触媒……いや、ミューズのような存在だということになるわけだ。和穂ちゃんとわかちあう世界は……こんなにも美しい」
　あまり抑揚を付けず一本調子、けれど切実に、情愛を込めて言う。表情こそクールかもしれないがクルトの気持ちが、言葉のふしぶしからあふれている。
　真正面から受け止める和穂はもう、照れのあまり爆発しそうだ。
　ねぇすごい――私すごいこと言われてない！？
　どきどきして、何もわからなくなっちゃいそうなくらい！
　小説や映画のようなロマンが、いま、実体をともなってこのボートの上に展開されている。しかもその主役は自分と彼なのだ。
　頭から湯気を立てそうになりつつ、和穂はなんとかこう返した。
「わ、私にとっては、去年からずっと綺麗な桜、ですっ」
　しどろもどろながら続ける。
「でもやっぱり、去年よりもっと綺麗かもしれません。クルトさんと一緒だから……！」

　来年もそうあってほしい。その次も、その先も――。

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