【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　拓郎が早起きして確保したという場所は、大きな桜の樹の真下だった。川も一面に眺めることができ、屋形船が通る姿もときおり目に入る。
　喧騒とは無縁、にぎやかすぎず人通りはちらほら程度で、陽もさすから温かい。お花見客もあちこちに見えたが、わあわあ楽しみたいというよりは、じっくりと桜を鑑賞したいという人たち中心のようだ。
「絶好の場所だよね！」
「運が良かったのかな。うん……そう思う。ここだ！　って場所が、さくっと見つかったよ」
　それじゃあいよいよ、と彩葉がバスケットを取り出した。
「待ってました……！」
　ではでは、と言いながら彩葉が弁当箱を開けていく。

「去年はおにぎりだったから、今年は洋食中心にサンドウィッチにしたんだ」
　メインは色とりどりのサンドウィッチがたくさん、タルタルソースをかけたエビフライ、ケチャップソースのミニハンバーグの姿もあった。つややかなタコさんウィンナー、ほうれん草のマヨチーズ焼きは色あざやかだ。
「すごい！　ゴージャス……！　そうか今年は洋風なのか……！！　どれも、とってもおいしそうだね！」
　見ているだけでよだれがこぼれそうだ。彩葉が渡してくれたおしぼりで手をよく拭いて、
「どうぞ召し上がれ」
　の合図でさっそく、サンドイッチに手を伸ばした。しばし夢中でほおばって、ため息みたいに詠嘆する。
「美味しい、すごく……！　特にハンバークがお気に入り……かな」
　どれも良かったがハンバーグはまさに至高だった。しっかりこねられていて焼き加減も絶妙で、じわっとしみるような味わいが絶妙だった。
「ほんと！？」
　彩葉の顔が輝いた。
　彩葉は料理好きで作っているあいだは夢中だしハッピーだが、それに増して嬉しいのは、食べてくれる人がいるということ。それが恋人で、しかもこんなに褒めてくれるのだから、これ以上の喜びはない。
　きまぐれに風が吹く。一瞬だが強い風だった。たちまち桜の花がふわっと散った。あまりにたくさん舞うものだから、まるで桜のカーテンが下りたみたいに思えた。
「いいよね……」
「うん」
　ふと拓郎は思った。
　俺はきっと、このひとときを忘れないだろう。
　弁当箱が空になると、「じゃあ」と拓郎が荷をひらいた。
「自分は、これ……！」
　小さなカップに入った手作りゼリー？
「でも白くて……あっ、わかった。牛乳寒天！　わぁ！　おいしそう！」
「そう。昔お袋が、作ってくれたの思い出して……」
　たっぷりの水に寒天を入れ、火にかけてグツグツと煮溶かし砂糖を混ぜる。火を止めてから牛乳を流し入れ、缶入りみかんも加えてカップに移す。あとは冷蔵庫で冷やせばできあがりだ。
　はいどうぞと拓郎はひとつを手に取り、スプーンとともに彩葉に渡した。
「うーん！　つるつるですごく美味しい！　拓郎のお母さんは優しいお母さんなんだねー」
「え……そう思う？」
「だってこれ、とっても優しい味がするもの」
　綺麗な青空と桜の下、その状況がエッセンスとなり、さらに料理をおいしくしてくれているように感じる。
　一年ってあっという間だよね、と彩葉は言った。
「……拓郎は進路とか決まってる？」
「俺？　まだ、ぼんやりだけど……木天蓼大学、かな。彩葉さんは？」
「私は島を出て、地元の専門学校に通おうと思ってるんだ」
「そうか……もう、しっかり考えてるんだな」
　俺なんてまだまだなのに。
　陸上も続けたいという気持ちはある。大学でも続けられるだろうか。
　でも、それよりも。
　彩葉さんが地元に戻るってことは、離れ離れ――遠距離になってしまうってことだ。
　それでいいのかな。
　続けられるのかな。
「けど……早く、ちゃんときめなくちゃ、だな」
「あせる必要はないよ。でも、きめるならしっかりと、だね」
「うん……」
　彩葉がのばした腕の先、手のひらに花びらが舞い降りた。
「私たちの高校生活はあと少しだけど、沢山思い出を作ろうね！」