【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　私たちはじめてなんだよね、と言う友美の声が弾んでいる。
「恐怖の廃墟スポット！」
「『恐怖』は言い過ぎだし『スポット』て観光地じゃないから、いまは」
　あきれ口調で水樹は返した。
「でも楽しみだよ。そういう場所、訪れたことがなかったから」
　大地が言う。
　断っておくが心霊スポットのたぐいではないし、恐怖というのもちがうだろう。
　廃墟だ。かつて営業していた寝子島イリュージョンランドの跡地。場所は九夜山である。
　以前水樹が、廃墟でヒューと二人きりの花見をおこなった話をしたところ、友美は即「私も行きたい、ダブルデートしよっ！」と鼻息荒く宣言したのである。
　色々とスケジュールを調整して今日、この日を迎えたのだった。
　イリュージョンランドは閉園して久しいわけで、交通手段もなくいささか難渋したものの、ハイキング気分で山を踏み分け到着した。
「これが……！」
　友美は立ちつくし、大地もまた、そんな彼女を支えたまま言葉を失っている。
　そうなるよね、とヒューは思った。
　人を魅了する光景がひろがっていた。
　無人の遊園地、誰も訪れなくなった夢の跡。
　真昼ゆえ明るく、怖さや薄気味悪さはあまりない。ただ、取り壊しは途中で終わり放置されているゆえの物悲しさは多分にある。広大なだけにひとしおだ。
　雨ざらしでメンテナンスもされぬまま錆び付き、くすんだアトラクションの数々、鳥の巣のようになったゲート、朽ちた看板にチケット売り場、そのすべてが、疲れたような琥珀色を帯びている。
　なのにランド周辺には、満開の山桜がいきいきとひろがっているのだ。風にあおられ桜吹雪が舞っている。
　退廃と生命力との共演、倒錯的かもしれないが見事な美を成立していた。
「撮影会といこうか」
　ヒューが一眼レフを取り出す。
　ランドは、昨年訪れたときと変わっていない。ここだけ時間が止まったかのようだ。
　無機質な空間を桜が埋める、この時期にしか味わえない幻想的な景色がある。
　しばらく夢中で撮影した。
　水樹をカメラに収める。桜を追う視線で。
　友美も撮る。水樹と絡むポーズを幾枚も、どこか妖艶な雰囲気で。
　廃墟だけも大量に写したし、各人の単独、大地と友美のカップリングもたっぷりと残した。
「私が撮ってあげるよ」
　ふたりを、と友美がカメラを示したので、いささか照れつつも厚意に甘えることにした。

「そうすると次はBL風味も撮りたくならない？」
　水樹が悪戯っぽく言った。
「どういう意味？」
　ヒューは首を傾げるが大地のほうは理解したらしく、
「たとえばこんな感じ？」
　とヒューと肩を組んで見せた。
「そうそう、いいよいいよー！」
　友美が嬉しそうにシャッターを切る。
　BLねえ……なんとなくわかったが、どういうのが求められているのかわからない。
「もっと顔を寄せてー」
　でも水樹監督には独自のビジョンがあるらしい。つぎつぎと指示を飛ばしてきた。
　リクエストされるまましばらくつきあう。ヒューはぎこちなくなるばかりだが、大地のほうがなんとも反応が早い。彼、慣れているのだろうか？
　
　日が暮れるまでには戻ろう。
　帰る前に寝子温泉に寄って汗を流したい。