【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　歩きながら桜を眺めた。
　大変に満開。
　なのにまゆらの気持ちはやはり、満開の桜とはならなかった。
　下手をすればガヤ仕事すら、不評で散ってしまうかもしれないのだ。ギャラがないだけじゃなく経験の機会すら奪われるなんて……そんな、そんな不幸……！
　って、また悪い方向に考えてる。
　とにかく気分転換だ。
　そう考え考え歩いたせいか、いつの間にかまゆらは『クラン＝Ｇ』の前に立っていた。
　ゲームショップなら暇つぶしになるかな。
「おじゃまします」
　などと言って自動ドアを開けると、
「おや？」
　びっくりするくらい店内は閑散としている。いつもなら休日は朝早くからTCGゲーマーの小学生や中学生、モデラーらしきおじさん、サバゲーマーらしき迷彩服がうろうろしているはずなのだ。キャラグッズ目当ての女子だって少なくないはず。
　でも、今日は無人とまでは言わないものの、ちらほらといった程度の客入りなのである。
「こんにちはー。千絵ちゃーん」
　いますかー、と言いながら入っていく。
　見つけた。
　レジ裏、なにかぶつくさ言いながらタブレットで在庫チェックしている千絵の姿が見えた。
「計算が合わない……」
　などと言っているようだ。
　ああ、千絵ちゃんってたしか電子機器苦手なんだよねえ。タブレット使っているからイライラしているのかな？
　ひょいとのぞきこみ元気に声をかけた。

「千絵ちゃん、こんにちは！」
「ひゃあっ！」
　千絵は漫画的に二メートルくらい飛び上がったように見えた。
「おっ、いい声出してる」
「もー、落合さんじゃないですかー、驚かさないでくださいよー」
「たはは、ごめんごめん。千絵ちゃんは仕事？」
「……そうです」
　しばし明るかった千絵の顔がたちまち曇った。
「どしたのそんな不機嫌そうに」
「お父さんは今日、店の常連さん引き連れて海浜公園でお花見中ですから……」
「それで千絵ちゃんだけ店番してるの！？　ひどーい！　児童虐待！」
「いやまあ、今日一日の自由活動権利をかけてお父さんと勝負したんで、公平ではあります。つまり負けたわけですが」
　タブレットの電源を落とすとこれをカウンターに千絵は置いた。
「勝負？　ミスティのTCG？　海外のゲーム？　将棋やチェスとか？」
「バックギャモンです。いつもは私のほうが断然強いんですが、こういう大勝負になると、お父さんってダイスの目がすごくいいんですよね」
「ああ……そうなの……」
　まゆらはバックギャモンというゲームをよく知らないが、運と戦略性をかねそなえたゲームであることはなんとなく想像がついた。店長というのは悪運の強いタイプなのだろう。
　店が空いている理由もわかった。いつも来ているような顔ぶれは店長と一緒にお花見をしているというわけだ。
　なるほど、千絵ちゃんも人の子、お花見したかったわけだ――。
「じゃあさあ」
　とまゆらは言った。
「せめて店内だけでも春めいた飾り付けにしない？　桜のカラーで。気分だけでもお花見ってことで」
　子どもじみたアイデアかなと思ったが、みるみる千絵の目が輝くのがわかった。
「いいですね！」
　どうせヒマなので作業の時間はたっぷりありそうだ。ふたりしてピンクの紙を花型に切ったりして、店内に貼り付けていく。来店していた小学生など小さな子も参加したがり、店はさながら工作会の会場のようになったのである。
　合間合間にまゆらも自分の話をする。
「それで……こないだは猫の声をやったんだけど。あれ難しくて」
「えーっ！　どの場面で出るんですか？」
「第四回の冒頭って話だったけど、なくなるかも……」
「大丈夫ですよ、きっとまゆらさんキャットが物語をもりあげるはずです！」
　ひたすら前向きな話をしてくれる千絵と話していると、まゆらのモヤモヤも消えていく。
「そうだ、作業終わったら私にもバックギャモン教えてよ」
「いいですよ」
　少し後の話になるが、千絵に教わりつつまゆらはバックギャモンに初チャレンジした。
　……そして、まったく手加減しない（できない？）千絵に完敗を喫したという。