【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　タオルを巻いて朝風呂に入ったが、どうしても頭がすっきりしない。
　まただ、また考えすぎてしまってる。
「うー」
　湯船に顎までつかって、落合まゆらはブクブクと泡を吐き出した。
　まゆらは声優、といってもまだ無名も無名で新人駆け出し初級声優見習い未満候補心得、そんな感じだ。四月、つまり来月から放送の春アニメ『春の音を奏でるのは君』に出演はしているものの、現状はあくまで無名のガヤでしかなかった。
　それでもプロの世界に片足をつっこんだことはまちがいない。
　だから緊張した。とてつもなく。
　猫の鳴き声から校内や店内や雑踏でのガヤをやったが、すっかりカチコチだったのでマトモに吹き込めたのか自分でもわからない。
　春休みの本日は、朝から通常通りのスケジュールをこなした。
　いい声は出せていると思うのだ。トレーニングでは。
　なのに本番だと。
　ああ、自信なさすぎる……。
　リフレッシュすべく湯に入ったというのに、結局モヤモヤした気持ちは晴れないままだった。
　えいやと立ち上がる。長くつかりすぎたせいかちょっと立ちくらみがしたが、それでも声に出した。
「あーもう、余計なことは考えない！　こういう時は何かこう……」
　えーと、何をしよう？
　とりあえず服を着て外出でもするか。

　桜の季節は寝子島じゅうをまんべんなく訪れた。
　だからもちろん、キャットロード付近にも訪れている。
　ここにある初瀬川理緒の新居にも。
　といっても室内は、桜のムードとはまるで無縁だ。花咲く状態とはむしろ対極、戦場といったほうがいい。
　なにせ荷物だらけなのだ。有象無象段ボールだらけ、まだ手つかずの荷が山となっている。家具や生活用品はもちろん少なくないが、最大の割合を占めるのが衣装だということは特筆すべき点だろう。グラビアアイドルの宿命だ。
　朝早く部屋を訪れこの状況を目の当たりにして、「すごいね」と佐和崎紗月は苦笑した。ドアを開けるのがやっとで、窓や壁はもちろん部屋の主の姿すら見えなかったのだ。
「助かった～」
　段ボールの陰から理緒はまろび出て、懇願するように紗月に手を合わせた。
「あたしひとりじゃこんなのどうにもならないよー！」
　すべては仕事が殺人的スケジュールだったためである。整理はおろか梱包を解くことすらできなかったという。
　理緒はここ数日、段ボールの合間をぬって寝袋で寝起きしていたそうだ。自宅にいながら難民気分だったというわけだ。
　といっても紗月はあきれたりしない。これくらいなら想像はできていた。むしろ床が抜けたり、荷物に部屋に追い出された理緒が外でテントを張っていなかっただけましだと考えよう。
「じゃ、はじめようか」
　軍手をはめ腕まくりしてほほえむ紗月は、理緒には女神のように見えた。
　決して大げさではなく！