【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　春ごとに　花の盛りはありなめど
　逢ひ見んことは命なりけり

　ふとそんな和歌が鴻上彰尋の頭をかすめた。
　古今和歌集、だったかな。
　古文の授業で習ったような、いつか読んだ小説に引用されていたような。
　なんにせようろ覚えだ。
　桜を眺めることができるのも生きているからこそ――そんな意味だと理解している。
　また春が来た。
　花見に来た。
　昨年もここに来たんだった。
　あと何回来られるだろうか。何回、桜を眺められるだろうか。
　乗っているのは青い匂いのする新品のゴザ、膝を崩していいはずなのに、彰尋は正座の姿勢で桜を見上げている。
　弁当箱に視線を移す。朱塗りの重箱、お稲荷や一口サイズの揚げ物、三色団子風にした三色鶏団子などが並んでいる。赤や緑の色彩は、すりつぶした人参やホウレン草を練りこんだものだ。デザートには小さないちご大福を用意した。ざっと四五人前はあるだろうか。
　三分の一くらいは減っている。
　けれど重箱を前にしているのは彰尋ひとりだ。
　彰尋のゴザがあるのは桜並木を少し入ったところ、海辺のステージもよく見えるし音も聞こえる場所なので人気があり、ぐるり四方もレジャーシートやテント、ゴザだらけだ。
　それだけに単身、ぽつねんと桜を見上げている彰尋の姿は周囲から浮いていた。
　しかしそんなことを意に介することもなく、ただ黙して彰尋は青い空と、あとからあとから舞い散る桜を眺めているだけだ。
　今年は家族の花見だから、彼女には連絡をとっていない。
　彼女――七夜あおいには。
　今年もあおいさんは、野々さんとか友達と来てたりするのかな。
　昨年は一緒の時間をすごした。
　あの頃はまだ、俺が一方的に想うだけだったけれど、それからいろんなことがあって……一年が経ったんだなぁとしみじみと思い出す。
　思い悩んだこともあった。
　学校の行事や日々の暮らしで、忘れられない大事な記憶もできた。
　じきに始まる一年も、そんな風に色んなことがあればいいなと彰尋は淡い期待をいだく。
　昨年後半、あおいは進路について悩んでいたようだ。
　自分のやりたいことがわからない。将来が見えない。そんな弱音を吐いていたことも少なからずある。
　けれど今、彼女は介護医療系の専門学校に進学することに決めたという。介護福祉士、あるいは精神保健福祉士の資格取得に興味があるという。さっそく専門学校の資料を集めているそうだ。
　あおいさんはしっかりと歩みはじめた。俺もうかうかしていられない。
　色々な意味で結果の出る年になるだろう。これからの一年は。
　進路のことも。
　告白の返事も。
「……くん」
　呼びかけられた気がして、何気なく彰尋は振り向いた。
　息を飲む。
「やっぱり、彰尋くんだ」
　立っていたのは、七夜あおいだった。