【お花見】逢ひ見んことは命なりけり｜リアクション

【お花見】逢ひ見んことは命なりけり

　桜の花弁がくるり一回転し、ぺたっと吸い付くようにして野々ののこの頭に乗った。
「髪、伸びてきたね」
　取りのけつつ七夜あおいが言う。
「でしょでしょー」
　ののこは髪に手をやる。「私もいよいよ高三だしさあ」というイージーな理由で最近、ののこは髪を伸ばしているのだ。イメチェンの成果なのか、このところいくらか、大人っぽくなってきたようにあおいは思う。
　ほらほら、とののこは行く手を指した。
「見えてきた見えてきた！」
　桜だ。寝子ヶ浜海浜公園に咲き誇る桜、桜、無数の桜。緋色が燃えてるみたいに見える。
「行こうよ！」
　ひろげた両腕はまるで翼、いまにも飛びたちそうにののこは駆け出した。
「待って待って」あおいは追った。「桜は逃げないよっ」
「逃げるかも！」
　だって、とののこは言った。
「一期一会って言うじゃない？　今年の桜は今年だけのものだから！」

　イエス！　と青木慎之介は言った。
「満開ブロッサム！　天気もソー・ファイン、ソー・グッド！」
「つまりいいお天気かつ桜満開で嬉しいってこと？」
　月守輝夜が翻訳すると、
「そうそう！」
　オフコースとまた慎之介は部分英語（部分グリッシュとでも呼ぶべきか）を繰り出すのである。
　慎之介と輝夜は連れ添うように歩く。遠目にはカップルに見えるだろうし、近くで見たって同じだろう。つがいの小鳥のように仲むつまじく肩をならべて。
　今朝メッセンジャーで『お花見行かない？』と輝夜が呼びかけたところ、ボレーシュートみたいにすばやく『海浜公園がいいな！』と彼からのレスが届いた。まるで輝夜からの呼びかけを待ち構えていたかのよう、もちろん輝夜の返事はOKだ。
　舞い降る桜の量に負けじと、昼の近づく公園は多くの人出、それに出店でにぎわっている。定番のたこ焼きにお好み焼き、フランクフルトに唐揚げも、甘党には嬉しいお汁粉に、綿菓子カステラ人形焼、ケバブの屋台なんかも人気を集めていた。どうせハズレばかりだろうに、やっぱり気になるくじ引きの店もある。
「出店を回って飲み物と食べ物を確保しておこうね」
「俺いま、同じこと言おうとしてた。相性ぴったりって感じ？」
　サプライズだなあなんて、慎之介は照れくさげに笑うのである。
　彼と思いを同じくする嬉しさ、そのことを確認しあう喜び。
　ああ、と輝夜は胸の奥に熱いものを感じる。
　私、いま、しあわせなんだ。
　しあわせだって、思っていいんだ。
「俺は焼きそばとかがいいな。お、あそこででっかいカツが乗ってるやつ売ってる！　月守は？」
　がっつり系だね、と輝夜は笑って返事した。
「私は……そうだね、みたらし団子がいい」
　お互い好みのものを買い、イベントステージ前にレジャーシートをひろげる。
　シートは慎之介が持参したものだ。星条旗をほうふつとさせる赤青白の星柄だ。
「アメリカンだね、慎之介くんらしい」
「だろだろー！　ハローニャックで買ったやつでさあ」
　自慢らしく慎之介は得意満面だ。なおハローニャックというのは、ベイエリアにできた巨大玩具店である。
　風に飛ばされないよう、カバンで星条旗の角を押さえる。
　アメリカ。
　輝夜は複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。
　あと半年、いや五ヶ月少々も経てば、慎之介は星条旗の国へ旅立ってしまうのだ。
「どうした？」
　輝夜が黙ってしまったことに気づいたか、慎之介は怪訝な顔をした。
　何でも、と輝夜は首を振った。つとめて明るく、
「アメリカなシートの上で食べるのが花見団子に焼きそばかと思うとちょっとおかしくなってきて」
　はははっと慎之介は大笑し「問題ナッシングのノー・プロブレム！」と親指を立てた。
「どんな国の文化だって受け入れ吸収しちゃうのが、USAの懐のひろさってやつなんだよなあ！」
　だから平気平気と慎之介はうけおい、発泡スチロール皿の上の焼きそばに手をあわせ割り箸を割るのである。山盛りの焼きそばの上に、わらじみたいなトンカツが乗っている。キャベツなんてほとんどないのに豚バラは多め、まさしくガッツリな取り合わせだった。セットで買ったコーラも合衆国サイズだったりする。
「いただきます」
　輝夜は紙皿、みたらし団子と桜餅に手を伸ばす。飲み物は桜ソーダをあわせてみた。この季節にぴったりといえよう。