＜天穹＞枯れ行く花に、甘露を捧げよ｜リアクション

＜天穹＞枯れ行く花に、甘露を捧げよ

「八神君は……」
　相談しようと思い声をかけようとしたが、そこに修はいなかった。彼は丁度、藍音に教えられた泉で水垢離をしていたのである。
（やってみるだけ、やってみよう）
　彼は真新しい神官服に身を包むと無害な樹に抱き着いてみたり、ここの植物を積んで腕などにこすりつけてみた。
　修が戻ってくると、紫はその出で立ちにわずかながら目を見開く。どうしたのか、と問えば修は静かに口を開いた。
「まぁ、身を清めてきたんだ。仮にも月華世界の神様の庭。現界の臭いを消してここの匂いをつけてみたらちょっとは違うんじゃないかなってね」
「なるほど……。そういうアプローチ法もあるのね」
　紫が感心したように頷いていると、修は獅子を見つめた。
　二人は話し合い、心身も静かにしたまま風下から獣に迫る事にした。
「眼球の動きからレム睡眠かノンレム睡眠か解ると思う。まずはそれを見よう」
　修が獅子の閉ざされた瞳を見つめ、よく観察する。
（レム睡眠の方が、起こされた時目覚めが良いらしいわね。でも、動くなら眠りが深まったノンレム睡眠の時かしら？）
　紫もそっと観察し、タイミングを計る。
　藍音は紫が用意したマタタビを獅子の近くに置く。これで酔わせらられるかという試みだ。万が一目覚めたとしても、これで動きを阻害できれば良いのだが。
　獅子はぐっすり眠っているようにみえるが、まだ眼球が動いている。レム睡眠状態のようだな、と修はもう少し待とう、と紫と頷き合った。
「あれが鱗……」
　どこからともなく降る光を受け、真珠のように柔らかく光る鱗を見、紫が瞳を細める。それはおもったより大きいのだ。
「思わず見とれてしまいそうだ」
　修もまた鱗を見つめ僅かに感嘆のため息を吐く。それほどまで、鱗は美しかった。
　静かな時間が過ぎる。２人が観察を続けてどれだけ経っただろうか？　漸く獅子の眼球が緩慢な動きとなり、やがて止まった。
（今か）
　修は紫と頷き合い、静かに獅子へと迫る。そして鱗に触れた。思いのほかしっかりとついた鱗に二人は顔を見合わせる。
「剥ぐと痛いかしら？　なるだけ取れそうな物を選びたいわ」
「姿がネコ科だからね。神経が集まる腹や尾から遠い部分から採取したほうがいいだろうな」
　紫が鱗を見ながら呟き、修も獣の姿を見て何度も頷く。そして、二人は背中の鱗からやってみよう、と決めた。
（毛はふわふわしているわね）
　お日様の匂いが立ち上る獣毛の先、鱗はあった。だが、思いのほか大きい。紫の身体の四分の一はあるだろうか？
「予想外だ。一番小さくてもこんな大きさだったらピンセットが使えない」
　修が僅かに目を見開く。
「鱗に触れて、ちょっと揺すってみましょう。取れやすい物ならいけるかも」
　紫の言葉に修は頷き、そっと二人で鱗に触れてみる。幸い取れかけた物が２枚入手できたが、禊の儀にはあと一つ足りない。
　藍音曰く、『古い鱗より新しい鱗を使わせるよう』と天帝に言われたようで、二人が入手したのは古い物で、儀式には使えないらしい。
　そうこうしているうちに、獣の眼が動き出した。
「もう少し、がんばりましょう」「ああ、そうだな」
　二人は一旦獣から降り、出直すことにした。

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