プールびらきはサニーデイ｜リアクション

プールびらきはサニーデイ

　両手と両足が重くなるくらい泳いで、七峯亨と菅波火蜂はプールの壁に手を付きます。
「ふう、泳いだ泳いだ」
　と息をつく火蜂の姿、濡れそぼった髪から冷たいしずくが落ちる様子を、しばし無言で亨は見つめていました。
　その視線に彼女は気づいて、
「どうかした？」
「すげー美じ………」
　言いかけて、彼はふいっと顔そむけます。
「スレンダーもいいもんだな。スクール水着も似合うし」
　それだけ口早に告げると、亨はそそくさとプールから上がったのでした。
「お先」
　言い残し、無意味に手を頭の上で振ってみたりしてすたすたと歩きます。どこへ向かうかはともかく、一心に歩きます。……振り返るのが少し、怖いのです。
　――あれ、周りがすげーデカい。
　このとき亨は違和感を抱きました。率直な感想通り回りが『デカい』。普段ならなんでもないタイルの段差が巨大な凹凸になっており、巨人の足が周囲を、ずずん、ずずん、と踏み歩いています。
　どうやら、無意識のうちに『ろっこん』を発動させてしまったようです。彼の能力はいわば一寸法師の術、最小一センチまで自在に体を小さくできるというもの、頭上を指を鳴らすのが発動条件でした。さっき頭の上で手を振ったとき、なんとなく鳴らしてしまったのかもしれません。
　いや、違うでしょう。
「やりやがったなひばっちゃぁぁぁぁん！？」
　はっとなって亨は振り返りました。
　火蜂のほうは、対象を小さくするという『ろっこん』の持ち主なのでした。
「アリんこサイズでわたわたしてもらおう、にっひっひ」
　火蜂は歯を見せて笑うと、プールサイドに腰掛けて彼の狼狽ぶりを鑑賞しています。
　小さくされた亨としても、火蜂のもくろみはもう理解していました。
「そうはいかねー！」
　早々に安全地帯（プール外れの金網）を見つけて駆けます……が、普段なら数歩の距離がやけに長い。おまけに、この人数です。当然、プールサイドもひっきりなしに人が往来しているわけで、ともすれば踏みつぶされそうな、スリル満点の状態でした。
「踏まれるならせめて女の子が良いな……っとぉ！」
　熊のヤツ、と呼んでいる友人の、無意識ながら破壊力抜群の踏みつけ（もちろん相手は気づいていません）を回避し、ようやく金網の下に亨は逃れたのでした。
　ところが、亨の決死の冒険を、火蜂は気づくことがありません。小さく素早いので見失ってしまったのです。
　最初はアハハと笑っていたのに、もう火蜂は、まったく楽しそうではありませんでした。そればかりか、色を失い右往左往しています。
「ぺちゃんこで誰かの足の裏にとかヤだよ、ななみん……」
　発端は、ほんの軽いイタズラ心でしたが、取り返しの付かないことになるかもしれません。
「ななみん！」
　金網の下に彼を見つけたときの火蜂の安堵と歓喜は、いかばかりのものだったでしょう。
「よかった……よかった！」
　思いっきり抱きしめてあげたいところですけれど、つぶしちゃってもこまるので、手のひらに彼を乗せ、目を潤ませるばかりです。
「俺はそんなによくなかったなあ。ビッグサイズの女子水着を見放題……と、思ったが、相手が巨大すぎて全体像すらつかめなかった」
「もう、つまんないこと言って！」
　指先で火蜂は亨をつまみあげると、軽くキスを与えるのでした。
「うわっ！　喜ぶべきポイントだが、『食われるのか！？』って思った！　絵面的に！」
「誰が食べるか！」
　と口調ばかり怒りながらも、彼女に笑みが戻ってきたのを亨は確認したのでした。
「人目のないところで戻してあげる。その前に着替えなきゃ」
　亨をつまんだまま、火蜂は更衣室に向かいます。
「えっ！？　女子更衣室！？　俺、ひばっちゃんの生着替えを見られるのか！？」
「カバンにしまっておくのでご心配なく」
「ちぇー」
「当然だよ！　おバカ」
　でも、と、優しく火蜂は付け加えたのです。
「好きよ」