ンモ～っ♪　新春☆初夢フェア２０２１！　～茄子編～｜リアクション

ンモ～っ♪　新春☆初夢フェア２０２１！　～茄子編～

　裸足の爪先に触れる波は最初は冷たかったけれど、よいしょと一歩踏み出して膝まで海に浸かってしまえば逆に暖かかった。
　ざざん、と優しい波の音が耳をくすぐる。
　砂浜の遠く、防風林の方から今を盛りと鳴く蝉の声が響いている。
　膝下まで伸ばした緩く波打つふわふわした銀の髪が波と遊んで揺れる。
　幾千の波の向こう、水平線に沸き立つ入道雲の天辺から飛んでくる風の匂いに、ゼロ・シーアールシーは強い夏の日差しにも汗ひとつ滲まぬ白くかたちの良い鼻を小さく動かした。
　風に乗って運ばれてくるのは、遠く遠い水平線の彼方の、
「宇宙のにおいなのです」
　あどけない声で呟いて、ゼロは純白の水着に包まれた薄い胸を上下させる。海の波飛沫に濡れた剥き出しの白く細い腕を、小さな肩を、彼方に届けとばかりに伸ばす。小さな女の子の身体ひとつで宇宙を抱きしめようとするかのごとく、海の彼方へ、空の彼方へと両腕をいっぱいに伸ばす。
　とぷん、と温かな波が脛に寄せた。
　海より遠く広がる空を映して、真昼の空に輝く太陽を映して、銀色の睫毛に囲まれた銀色の大きな瞳がきらきらと煌めいた。
　太陽を捉えた瞳がその眩しさを吸い込んで、すうと細くなる。海を見、太陽を見、そのどちらもに腕を伸ばし、ゼロは、──ゼロという少女をかたち作るものは、白い瞼を閉じて夢に沈んだ。現実の世界から、夢の世界へとその身を移した。
　純白の少女の消えた真昼の海に残るのは、だから、ざざん、ざざ、と静かに寄せては返す波ばかり。

　現実の世界と同じ純白の水着姿で、銀の髪の少女は現実の世界で立っていたのとよく似た波打ち際に立つ。
　透明な波が寄せる海に向け、裸足の一歩を踏み出す。優しく寄せる波を足首に、脛に、腿に受ける。腰に、胸に、顎に海が届きそうになったとき、ゼロの小さな身体は不意に、まったく唐突に、すうと音もなく膨らんだ。
　一瞬前まですぐ目前に揺れていた透明な波が瞬きのうちに遠くなる。海に半ば浮かびそうになっていた爪先が海底の砂をぎゅっと掴む。海の底に足がついたと感じながらも、それを感じる爪先がどんどんと遠くなる。
　塩水に浸かっていた指先が水面に触れて離れる。潮風を浴びてしんと冷えたかと思えば、風に乗って飛んでいたうみねこの翼にそっと触れる。
　みゃあみゃあ、みゃあ。驚いた鳥の声が耳に触れるけれど、

「ごめんなさいなのですー」
　謝る声は届いたかどうか。鳥の声はもう聞こえない。
　風に銀糸の髪が躍る。ふわりと揺れるその髪のひとすじも、海に流れる潮と同じ巨大さ。
　自分の身体がみるみるうちに巨大になっていても、爪先が沈んでいた海がいつしか爪先にも触れなくなっても、少女の肢体は大きくなり続ける。
　何気なく伸ばした指先が入道雲のてっぺんに触れる。もくもくと膨れ上がった真っ白な雲を掴もうとした途端、ぱちん、と青紫の稲妻が白い指を撃った。
「わあ、なのですー」
　地上にあっては人を焼く雷に打たれても、大きな大きな少女は動じない。くすぐったそうに指を引っ込め、そうするうちにも身体はまだまだ大きくなる。
　入道雲の頭を通り過ぎ、その上に広がる青空に銀色の髪を揺らす。銀色の瞳に映るのは、大気の色を通り越した先の宇宙の色。夜よりも深い色した空に広がって、無数の星々。
　大きく大きくなりながら、けれど少女の身体はなにものも傷つけない。
　今は遠くなった地上の人々も、海の生き物たちも、大地に広がる木たちも、ゼロの肌に触れたことにもその身の内に呑み込まれたことにも気づかず、いつものフツウを過ごしている。
　透明なまなざしに、少女は地球を眺めやる。
　大きくなればなるほど、少女の身体は空気のように実体のないものに近づいているのかもしれなかった。それでも、ゼロはゼロとしてあり続ける。触れたいと願えば、目の前でピカピカと電球のように輝く太陽でさえもてのひらに納められる。握りつぶしてしまえる。
　けれどゼロはそんなことは願わない。
　純白の少女の願いはただひとつ、
「みんなでおひるねしましょうなのですー」
　自分もみんなも、誰もがなにもののも脅かされることなく穏やかに自由に過ごすこと。
　少女の柔らかな声は慈雨のごとく世界に降り注ぐ。銀色の髪に触れた世界の誰もがふうわりとした笑顔になる。それを確かめ、ゼロは白い瞼をうつらうつらと閉ざし始めた。
　このまま、宇宙の外の外まで大きくなり続けようか、それとも──

　こくり、と傾いだ水着の身体が、ぱしゃん、と水に飛び込んだ。波打つ海にぷかりと浮かんで、眩しい真昼の太陽を銀色の瞳に映して、ゼロはふわりと笑う。
　瞬きの微睡みの間に、長く永い夢を見た。そんな気がした。

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あとがき

担当マスター：阿瀬春
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お待たせいたしました。
初夢の一幕、お届けに上がりました。

どなたのイラストも素敵なものばかりで、こうかしらああかしらと文章を考えるのがとても楽しかったです。イラストを見つめて書かせて頂きました物語、みなさまをみなさまらしく描けておりましたら良いのですが……。

夢の中の物語、ご笑納頂けましたら幸いです。
ご参加くださいまして、お読みくださいましてありがとうございます。またいつか、お会いできましたら嬉しいです。

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